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「日本一新運動」の原点―402

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇 時局妙観 (21世紀の人類社会を「妙観」する)


 日本にとっても世界にとっても大激動の平成29年は21世紀初期を象徴する事件が多発した。本年最後のメルマガになり、しばしば質問を受ける「妙観」という言葉のいきさつと、世界情勢を大上段に論じてみたい。

「妙観」とは鎌倉時代の幕を開けた源頼朝を支えた千葉常胤から24代、柏市に在住の千葉吉胤妙星氏が、「妙見菩薩から〝平野貞夫の号(呼び名)とせよ〟とお告げがあった」とのことで素直にいただいた。意味は「正確に物事の実態や現象を観察して理解すべし」とのことだ。これは大変に難しいことであり、私ごとき凡才では不可能なこと。どうすれば「妙観」が実現できるか困った挙げ句に思い出したのは坂本龍馬が江戸は千葉道場で修行中に、許嫁の千葉佐那から教えられた「妙見法力」という物の考え方認識論であった。

 どんなことか要約すると、龍馬の考え方をまとめたと言われる文献に『英将秘訣』があり、この中から私が言葉として整理したのが「龍馬の四観三元論」である。「四観」と、物事を観察する方法として「高観」(高い場所、空から観ろ)、「離観」(離れて観ろ)、「影観」(影、隠れたところを観ろ)、「光観」(目に見える表の部分を観ろ)、この「四観」で物事の本質がわかる、ということだ。

「三元」というのは、人間は「黒と白」「暑さと寒さ」というように物事を二元論で対立したものとして理解している。黒は永遠に黒で、白は永久に白と認識する。三元論とは、対立したと見えるものでも対立をつくる原因を妙観すれば、それを活用して問題を解決できるということだ。例えば、白色に見えるものでも光をなくすると黒と見える。黒色に光を与えていくと白く見える。永久に黒と白は対立するものではない。暑さとか寒さは、熱からの距離によって決まる。このように「光」とか「熱」は、対立状況をつくったり解消する働きをする。この働きをする力を「妙見法力」では「律」と呼んでいる。対立する要素とそれを調整する、「律」を三元論という。

 この三元論は弁証法の発想に似ているが少し異なる。マルクスが主張する「唯物弁証法」とは、物事の認識方法、即ち物の見方が、四観論でいうなら「光観」表の部分、形だけをみて、それを全部として矛盾=対立を解決しようとする。これでは資本主義について一定の分析はできても、それを変革して新しい社会の創造はできない。それを成功させるために、言い換えれば正しい「律」を見つけるため「高観」「離観」「影観」により、物事や現象を動的・生きた形で見ることである。「人間的」または「東洋的弁証法」だ。

 坂本龍馬は、幕末の国内外の情況や日本社会の実態を「四観」して、「三元論」により「国民」という「律」を見つけ、薩長同盟や船中八策を始めとして、数々の政治的対立や矛盾を解決したのだ。龍馬が成功したポイントは「四観」の段階で私心なく真実や本質を見抜くことができたことによる。現代の国内外の難問題が解決できない根本問題は、責任ある立場の人間の私心が「四観」を正確に観ることを妨げているからだ。対立する立場の人間が、問題の「四観」を共有すれば「律」を見つけることは困難ではない。

 そこで21世紀の人類社会の情況を「四観」してみたい。私が妙観するのは、2001年の9・11米国多発テロ事件で戦争の形態が変わった。国家が主体でなく、それを取りまく軍事企業やマフィア等の影響を国家が規制できなくなった。2008年のリーマン・ショックで資本主義の形態が変わった。これまでマネーゲーム資本主義による経済成長に支障が生じ、戦争の形態の変化に相乗して、ミリタリーゲーム資本主義が形成され。

先進国の中での国家代表者が健全な民主政治の手段により選出されなくなった。例えば米国大統領選挙では外国の干渉が疑われている。日本では正常な立憲政治が行われていない。世界中で民主主義の形骸化現象が生じている。

 以上の三点が21世紀の大雑把な特徴といえる。その結果核使用を含む戦争が朝鮮半島だけでなく、世界中で何時起こっても不思議ではない。さらに、世界中で起きている「貧富の格差」など、人類の危機が頂上に達した。この危機を救う「律」は何か、年明けの次号を待たれたい。

 

 〇 国会つれづれ  24 (「健康保険特例法案」、激突国会物語)3


 昭和42年7月27日に召集された第56回臨時国会は財政破綻寸前の「健康保険」と「船員保険」の負担金や保険料率の大幅値上げをめぐって与野党の激突となる。自民党は憲法違反を承知で強行採決を決断する。石井議長に知らせず園田副議長を使って、そのタイミングを私が奇跡的に見破り、知野事務総長が仮眠中の石井議長に説明、佐藤首相を説得して憲法違反の強行採決を諦めさせるところまでが、これまでの物語であった。

 議長室には仮眠から眼を覚まして佐藤首相を説得したばかりの石井議長が、次に何をするのか知野事務総長の提案を待っている。ことは、一刻も待てない事態だ。私が考え込む知野事務総長に、「園田副議長は強行採決ができなことがわかると相当怒るでしょう。早く議長席から降壇させて事務総長から事態が変わったことを説明してください。私が事務総長の指示で強行採決阻止で動いていることは副議長は感づいていますので、悪役の続きをやります」といって、『直ちに議長席から降壇すべし。議長を交代する。石井光次郎』とメモを書いて知野事務総長に渡す。事務総長は石井議長の了承を得て、「平野君、これをもって本会議場に入って、園田副議長に石井議長からだといって渡すようにしてくれ」となった。

 園田副議長は藤野事務次長が渡した石井議長からのメモを見て、怒り心頭に発した顔となる。しかし、議長席の後には石井議長が立っているのを見て、議長命令を拒否することはできない。本会議場から廊下に出る。副議長室に戻る廊下で私に、「このメモは君の字ではないか。どうなっているのか」と、怒ること怒ること。知野事務総長が事態の説明に副議長室に入ると「君は体調不良だったんじゃないのか」と、私と二人を裏切り者扱いにする。石井議長は間を置かずに本会議を休憩にして、強行採決への動きを止めた。しかし、事態収拾への構想はこの時点でまだ誰も持っていない。

 園田副議長が知野事務総長から説明を受けている途中に、朝日新聞政治部の柴隆治記者から私に電話があった。園田副議長と河野派担当時代から親しく竹入公明党委員長に信頼されている人物で、国会運営に慣れない公明党の相談役で私の意見を聞きに来る間柄だ。「竹入委員長が事態収拾に協力すると言っている。方法がわからんが、園田副議長が相談にのってくれるか気にしている。社労委員会の強行採決を認めるような国会では困る。正常化に何か知恵はないか、とのことだよ」

 この話を園田副議長に伝えると、しばらく目を閉じていたが、「君たちに辛く当たってすまなかった。強行採決しなくてよかった。神様はいるんだな。柴君がこんな話をもって来るなんて、ありがたい・・・・・・・」。

 園田副議長は早速柴記者に電話をして竹入委員長の好意に感謝すると伝え、柴記者を中継して公明党から提案する事態収拾案を纏めることになった。公明党の考えを柴記者と私でまとめ、知野事務総長が整理した案は『国会法改正による議長の権限強化〝委員会への差し戻し権〟の創設』であった。

 8月4日、ようやく連続徹夜国会呪縛から解かれた夜遅く石井・園田正副議長の呼びかけによる与野党の党首・幹事長・書記長会談が開かれた。自民・社会・公明・民社の四党によるもので、当時共産党は五名の議員数で、交渉会派ではなく、事後報告を受けていた。会談は午前零時を越えたが公明党の提案を各党は合意し、党首会談は成功した。

 党首会談まではよかったが、5日に大事件が起こった。各党首は党に報告して了承を受けるが、社会党の両院議員総会は佐々木委員長と成田書記長が了承した党首会談の合意を拒否したのである。両氏は責任をとって辞職した。そんな騒ぎの中で7日に衆議院本会議は「健保特例法案」を修正議決する。参議院では社会党の抵抗があったが、18日に成立した。

 この「健保国会」は佐藤首相にとって政治基盤を強化する好機となったこと。さらに公明党にとって国会運営のノウハウを学ぶ機会になったこと。そして柴記者から私に「竹入委員長に国会運営は平野に相談しろと伝えてある。公明が狂えば日本がおかしくなるからだ」との強要で、私が公明党の裏国対役になったことである。そして肝心な「議長の差し戻し権」の国会法改正は、半世紀を経ても実現していない。原因は自民党という自認永久政権政党の不誠実さにある。これが日本国の議会政治の現実だ。

 

◇さて、「日本一新運動」の原点は「時局妙観」に一本化して、『国会つれづれ』は年明けのメルマガから姿を消し、改めて別の機会にお目に掛かることにしたい。ありがとうございました。

 

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「日本一新運動」の原点―401

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇 時局妙観 (BS11「報道ライブ」で言い残したこと!)

 テーマが多く、時間があるようでなかった。用意していた大事な問題について補完しておきたい。

 

1)マスメディアの責任について!


 議会政治を抹殺する安倍政治。北朝鮮危機など核戦争が始まる可能性のある国難情況で、トランプ大統領を世界でただ一人煽る日本国首相の存在、マスメディアが究明すべき問題が山積する中、地上波テレビはどのチェンネルも「日馬富士関の暴行問題」ばかりだ。昭和初期とそっくりの流れとなった。

 昭和10年2月に〝天皇機関説問題〟で学問の自由が奪われる。翌11年には2・26事件で武装反乱が起こる。5月7日に斎藤隆夫衆議院議員が本会議で「軍部の政治干渉」を厳しく追及し、国民に知らせる。5月18日に阿部定事件という想像を絶する、「猟奇事件」が発生する。軍部や内務官僚は、戦時体制への国民の批判を逸らすため、この「猟奇事件」報道一色に全国を染めた。

5月29日に「思想犯取締法」を公布し、学者文化人の検挙が始まる。軍部は7月15日に「庶政一新」を勅令で公布。陸軍から政党内閣の廃止、議会の政府弾劾行為の禁止、政党の政治活動の規制等を検討することを強要。昭和12年1月、衆議院本会議で浜田国松議員は「軍部の政治関与を批判」、寺内陸将と腹切り問答を展開。政党と軍部の対立激化。7月7日、盧溝橋で日中両軍衝突し、日中戦争始まる。

 実はこの流れを現代にあてはめて、マスメディアの責任を主張しようと思っていたができなかった。しかし、番組の最後で「日馬富士問題の地上波テレビの取扱いは異常だ。国民の眼を内外の重要問題から逸らそうとする意図が感じられる」と発言すると、BS11のスタッフ一同あわてたが時間切れとなった。

 

2)正しい議会政治とは!


 国会の劣化が「小選挙区のせいだとか、政治改革の結果だ」と、裏と表で推進した私は今でも批判の的になっている。自社55年体制の談合政治を続けることができない時代の変化があったことを認識すべきだ。「政治的ワイロ」を背景に共産党を除く与野党が談合政治を続けていたのだ。その為に起こったのが〝金権疑惑政治〟で説明の要はなかろう。

 私は33年間その中で生きてきた。先ほど、司会の岩田さんが「平野さんは〝機密費の運び屋〟との異名を取ったほどだった」と話したが、私の場合、官邸から議長や委員長に来る税金(機密費)の運び屋を仕事のひとつとしていたのでより質が悪い。米ソ冷戦時代に米国に安全保障を依存していたから、政権は機密費を野党に渡して政権を維持することで済んだのだ。冷戦が終わってそれを続けるわけにはいかなくなったのだ。そのために、与野党が自立して責任をもって政権交代できる政治改革と、米国に従属しない国連中心主義による平和を確立する安全保障改革を、小沢一郎さんを中心に目指した。これらの改革の一部は実現したが、ほとんどは米国従属派と改革派と称した撹乱グループによって潰された。日本人は事が悪くなると制度のせいにする。

 最近の国会議員は、制度の中味も歴史も学ばず、自分の都合で批判ばかりする。政治や制度の奥底にある人間の文明が形成された知恵を知らない。私の人生の師、戦後の保守本流の政治家として、政治の現実とあるべき理想を語った前尾繁三郎元衆議院議員は、昭和56年7月に急逝する直前、バブル経済に浮かれ始めた政治家を心配して、私に「政治家である前に人間であれ」との遺言を残した。最近の「国会の劣化」は、劣化した日本の社会全体の問題として考えるべきではないだろうか。

 

(「報道ライブ」における私の発言への反応)


 久しぶりの生放送でどんな反応が出るか、正直なところ気になった。放映の翌日、2、3人から電話があった。口をそろえて、「日本一新の会メルマガを読んでいる人には理解できたが、早口で専門的な話が多く、一般の人にはどうかな?」との反応だった。

共産党の共謀罪法対応で辛口なことを言ったことを気にしていたが、20数年来付き合いのある共産党員で優れたジャーナリストでもある友人から「報道ライブでの発言は共産党にとっても参考になる意見でよかった」との評価を受けた。

 共産党の変化は本物だ。

 

 

〇 国会つれづれ  23 (「健康保険特例法案」激突国会物語)2


 徹夜国会が2日目となって、国会議員のなかに体調不良を訴える中、自民党では憲法より国会議員が大事といって「日韓国会方式」の強行採決を決断する。園田副議長もその気になる。知野事務総長は、私を相手に憲法違反の強行採決を阻止する方策を懸命に模索する。議運も国会対策委員会も機能しない与野党の激突状況で、私が提案したのは自民党の福田赳夫幹事長を事務総長が説得することであった。

 福田幹事長に電話で連絡すると、事務総長室にすぐ来てくれた。知野事務総長は約一時間近く説得した。同席するよう指示があり、将来のために聞いておけとの態度だった。福田幹事長は大蔵官僚出身のせいか「憲法問題があるというなら党で再度相談してみる」と理解して党に戻った。ところが、30分ぐらいして、佐藤政権の大御所で福田幹事長の後見人・保利茂衆議院議員が事務総長室に突然姿を現した。保利大御所は退室しようとした私を制して、「憲法違反かどうかは、君ら役人のいうことではない。我々国会議員が判断することだ!」と、私たち2人を大声で叱責した。取り付く島もない怒りようだ。しかし、知野事務総長は腹を固めていた。

「国会運営上の憲法解釈権は第一義的には議長にあります。議長を補佐する事務局として、そういう考えはいただけません。どうしても日韓方式で強行採決をされるなら事務局は必要ありません。私以下、幹部職員は辞職します」と、保利議員にぶつけた。保利議員はひと言も言わず、憮然として事務総長室を出て行った。

 これからが私の出番で知野事務総長がとんでもないことを指示する。「あの様子だと園田副議長を使って日韓国会を再現させる気だ。議会民主主義を守るためには、どうしても止めないと・・・・・。おそらく石井議長には何も知らせてないと思う。最終的には石井議長の良識を信用するしかないが。その前に、憲法違反の強行採決を園田副議長が何時、どういうタイミングでやるかだ。平野君、君はそれをできるだけ正確に見破って私に知らせれくれ。

そこがカギだ。こんなこともあろうと思って君を副議長秘書にしておいたんだ」。「ベストを尽くします」と返事をしたものの、どうしてよいものか思いつかなかった。

 8月4日の朝を迎えると議員の疲れが目立つようになる。本会議の議事は石井議長、園田副議長が休息をはさんで交代で議長席に着いていた。午前10時頃になり、園田副議長が私を避けるようになった。私は本会議の流れから、午後の本会議の適当なとき、議長席に園田副議長が着いたときに強行採決があると読んだ。

 とはいっても、本人に「いつ頃に強行採決しますか」と聞くわけにはいかない。知野事務総長は頻繁に園田副議長の様子を聞いてくるが、私は対応できない。困り果てた私が思いついたのが、当時、園田副議長は久留米市にある新興宗教を信仰していた。教祖様からいただいた小さなビンに入れた聖水を、副議長室の大理石の棚の上に供えていた。それを時々少しづつ飲む習慣があった。これを利用すれば・・・・・・・・。

 4日の昼食を済ませた園田副議長がトイレに行くため副議長室を出た時、「久留米の教祖様から電話があり、大事なときに聖水を全部飲むように、とのことでした」と伝えた。副議長は「そうか、ありがとう」と機嫌がよい。これで聖水のビンを見ていれば強行採決の本会議が何時かが分かる。しかし、本会議のどの時点で強行採決かの問題が残った。通常の強行採決は再開冒頭が多い。園田副議長は陸軍の特務機関の経験がある。油断をさせてからだとすると、休息と思わせたところだ。

 午後2時、本会議再開の本鈴が鳴り、園田副議長は部屋を出た。聖水のビンを見ると空になっていた。直ちに本会議場の知野事務総長にメモを渡した。『この本会議中に強行採決する傍証があります。時期は休息直前と思います』。知野事務総長は本会議再開から5分とたたないうちに議長席の園田副議長に「体調が悪いので、事務次長と交代します」と告げて本会議場から出て、私を事務総長室に呼んだ。状況を説明すると「わかった。議長室で仮眠している石井議長に説明して佐藤首相に電話で説得してもらおう。議長が覚悟を決めれば、国会ではこれほど強いものはないんだ。」

 知野事務総長は石井議長に事態委を説明、石井議長は直ちに佐藤首相に電話で、議長として事態収拾に全力を挙げる旨を告げた。佐藤首相が石井議長に一任するより他に方策はなかった。問題は園田副議長に石井議長が佐藤首相を説得したことを伝える方法であった。

                      (続く)

「日本一新運動」の原点―400

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇 時局妙観 

「BS11「報道ライブ」―与野党をめぐる国会の綱引きに出演して!)

 

 12月6日(水)午後9時からの「BS11報道ライブ」に生出演した。テレビの生出演は地上波もBSも五年ぶりである。

「小沢陸山会事件」などで爆弾発言が続き内閣の機密費問題など真実を話すことから、官邸筋から要注意人物扱いになっていた。多分テレビ局で安倍政権に〝忖度〟していたと思う。友人のジャーナリストたちから「BS11は、この時期に平野さんを能く出演させたな!」とのこと。キャスターの岩田公雄氏は、衆議院事務局時代からの知人。ゲストの政治ジャーナリスト・角谷浩氏は安倍政権の国会運営や外交など施策について、時局観を共有しているので丁々発止の議論とならず、国会のあり方の問題点を指摘するだけのことになった。私の発言で主要なテーマの要点を紹介しておきたい。

 

1)〝テロ等準備罪法〟について

 紛糾した法案だったので国民は「強行採決」で成立したと理解しているがそうではなかった。(スタジオ一同驚く)。最大の問題は野党がこの法案の本質を理解していないことである。私は廃案にできるシナリオを提言したが採用されなかった。質疑のほとんどが「内心の自由の侵害」と「監視社会の強化」で、その通りではある。問題はその先にある深刻な問題に気がつかない政治家に驚いた。

 これは治安維持法と同じ共謀罪法で、特定機密法が国民の知る権利を奪い共謀罪法は政府に反対する人たちを取り締まることだ。要するに「戦争国家体制」をつくるため「安保法制」がハードウェアなら、この二法はソフトウエアだ。テロ対策と称する共謀罪法は、戦争法制の総仕上げだ。野党は安保法制並みの抵抗をすべきだった。衆議院は反対の記録を残すと称し、記名投票で通過させた。強行採決させ徹底抵抗して「荷くずれ」にして参議院に送るべきだった。

 参議院では会期末ということで、中間報告という異常方法を使った。これは「特に緊急を要する」という条件が大事。政府答弁の混乱もあり、会期延長して十分な審議が必要だったもので国会法違反でもあった。安倍首相問責決議案も野党は提出せず、記名投票に応じた。自由・社民・沖縄の風だけが牛歩戦術で抵抗しただけだ。裏で何かあったのか。

 衆議院通過でも参議院成立直後に蓮舫民進党代表と志位共産党委員長の抗議声明に「戦争法制の総仕上げ」との言葉はなかった。その裏を推定するに、民進党に安倍政権に〝忖度〟する気持ちがあったこと。さらに当時、民進と共産に非公式な小選挙区の調整が行われていて、民進党ペースの国会運営に気を遣ったことにあると思う。あの安保法制国会の10万人のデモは何であったか。

 

2)野党質問時間削減と憲法53条違反解散

 野党の質問権は「少数者の権利」として議会民主政治が多数決で機能するための前提条件となる重要なものだ。それを突然に削減すると与党の自民党が要求するという想定できない問題が何故出てきたか。それは野党にも責任がある。9月28日の「審議なき120秒間の解散」、これは憲法53条の両院でそれぞれ4分の1以上の要求があれば、臨時会を開かねばならないことに違反することである。

 安倍内閣が「少数者の権利」を抹殺することで、議会民主政治を否定した行為に野党は何のケジメもつけていないから、こんな事態になるのだ。野党は特別国会の冒頭で政府に対し「9・28冒頭解散」を先例としないことを約束させ欠陥情況の国会を修復すべきであった。安倍自民党悪質政権を、何故、野党は究明しないのか。野党に猛省を求めたい。

 安倍首相が「冒頭解散に三つ先例がある」とテレビの党首討論で正当化したが、これは虚言で間違っている。二例は事務局時代に私が関わり、一例は国会議員として関与したので証明できる。立憲民主党では憲法改正で「解散権に縛りをつくる」との検討を始めたが、時間を要するので憲法53条に関連して国会法で縛りをつくることを目下検討中だ。

「野党の質問時間削減」については、平成11年に、小渕自自公政権で私がまとめ役になって制定した「国会審議の活性化法」を、与野党が理解していないから不条理な議論になっている。野党の〝不勉強〟が大問題だ。この法律は、それまでの官僚支配の議会

政治をやめて国民から選ばれた政治家同士で討議して国政を決定し、政権交代政治に対応させるための制度整備であった。

「党首討論の導入」、「政府委員の廃止」「政務次官の代わりに副大臣・大臣政務官の新設」で大幅に国会議員を政府側に入れて、普通の官僚は「政府参考人」として、技術的詳細な問題の説明を行うことにした。当初大臣を含め、47名の政治家が政府に入ったが、現在は83名に増加している。民主党に政権交代したとき、自民党は国会での与野党の質問時間を与党2対野党8と要求した。

与党である小沢民主党幹事長は、それに同意した。理由は政府側の政治家の発言が多くなるのでそのバランスでよい。国会の調査機関を画期的に拡大して政府に対抗するシンクタンクとして政権交代の実をあげるべきだ、とのこと。現在83名の政治家が政府

の立場で発言権を持っており、8対2のバランスは事実上6対4、あるいは5対5となり、自民党の主張はナンセンスといえる。

 

3)会期制度の根拠と改革の必要性

 憲法には「常会・臨時会」という用語を使用している。また国会議員の不逮捕特権を「会期中」と規定している。従って会期制を廃止するなどでは、憲法改正が必要だ。しかし事実上の「通年国会」とすることは例えば「常会」を長期延長することで可能だ。

議会先進国では会期制を残していても、ほとんどの国が「通年国会」である。日本だけが厳格な会期制に拘っている。会期制の根拠は、専制政府が議会で批判を受けることを避けるためで、現代では通用する話ではない。日本で会期延長を残しているのは与野党が自己の主張に拘るための利用で、国民や国家を考えていないからだ。事実上の「通年国会」とすることで、政権交代の実を挙げることが可能。 

   (この番組は、YouTubeで配信中です)


 

〇 国会つれづれ  22 (「健康保険特例法案」、激突国会物語)1

 

「健保特例法」とは、当時政府が管掌する健康保険と船員保険が制度の崩壊寸前の財政危機にあった。その緊急対策として負担金や保険料率を大幅に引き上げようとするものだった。全野党が強く反対するなか、真夏の盛り7月27日、第55回特別会が閉会して7日目召集という異常さである。前国会で防衛二法の成立のせいで、時間切れとなり、野党は徹底的に抵抗して佐藤政権は窮地に立たされた。自民党は昭和42年8月2日、衆議院社会労働委員会で修正案を強行採決した。

 ところが、自民党の採決動議提出者(谷垣専一)が、委員室のドア入口付近で動議を提出した。野党は採決を無効と強く主張し、石井議長に健保特例法案を委員会に差し戻すよう要求した。自民党は応じず国会審議はストップした。石井・園田正副議長は混乱収拾のため斡旋に乗り出したが不調となる。翌3日、議長職権で本会が開かれ、ノンルールの徹夜国会となる。

 野党側は閣僚不信任案、委員長解任決議案を連発し、牛歩戦術で物理的抵抗を行い連日の徹夜国会となる。自民党が園田副議長に要求したのは、日韓国会で日韓基本条約を本会議で強行採決した例で、議長職権で先行する議事日程を変更して優先採決した例である。佐藤首相からも園田副議長に強い指示があった。当時、議長も副議長も自民党籍のまま就任しており、特に閣僚に就任したことがない園田副議長にとって、佐藤首相に抵抗できない事情があった。

 衆議院事務総長の知野虎雄は前国会終了日の7月21日に就任したばかりで2週間目である。自民党が要求する本会議の問題点を園田副議長に説明し抵抗するも納得しない。知野事務総長が抵抗する理由は、日韓基本条約の場合は議会政治の理念に反していたが、先行の議事日程に野党から討論や記名投票の要求手続がなされていなかったため、議長職権で変更しても、法規上の違反とはいえない部分があった。

 ところが健保特例法案の時には、野党は学習をしていて先行する議事日程すべてに討論と記名投票要求を提出していた。これらを無視して議長職権で日程変更することは審議権を侵害することになり、憲法違反となる。これが知野事務総長が抵抗する理由であった。知野事務総長は、園田副議長秘書の私を呼び「自民党の暴挙をなんとしても止めたい。国会の議事は最高裁は判断しない。こんな時には、職を賭けて憲法を護るのが国会事務局の責任だ。問題は園田副議長だよ、頼むよ」と私の手を握った。 

(続く)

「日本一新運動」の原点―399

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇 時局妙観 (佐高信・山形塾にて)

 

 12月1日(金)午後6時から、山形教育会館で開かれた俗称「佐高塾」に呼ばれ佐高信氏との久しぶりの放談会となった。テーマは「野党共闘と小沢一郎」で、民進・共産・自由・社民の四野党共闘が何故崩壊したのか。経過と裏話、バラバラになった野党共闘を再生できるのか、小沢一郎は何を考えているのか佐高氏が巧みに私から内密の話を引き出し結構生くさい対談となった。

 四野党共闘崩壊の経過や裏話については、メルマガで何度も取り上げているのでここでは省略するが佐高塾に参加している方々の政治意識が鋭く、厳しい質問を浴びせられた。その中で代表例を取り上げ、私が回答したものを紹介しておきたい。

 

1)「審議なき冒頭解散」の違憲問題と政治劣化!


 驚いたことに、参加者の中に『永田町フ~ゥン録』(デモクラ・タイムズ)を視ている人たちが数人いた。その一人から「憲法53条に違反する解散で少数者の権利を冒涜した。これを野党側は追求せず修復もしていない。これが野党の発言時間制限など自民党が無茶をいう原因だ。平野さんはネットテレビでもメルマガでもそのことを主張していた。政治劣化の象徴でもあり、これからどう対処するのか」とのこと。

 

平野 この問題に厳しい指導者は小沢自由党代表と志位共産党委員長。法律の専門家や国会議員はその発想がない。憲法を文理だけで考えている。残念ながら憲法学者の多くも同じ。私たちと同じ考えの憲法学者をようやく見つけた。私の友人で元法制局や国会図書館の専門家も議会民主政治の危機との考えを共有している。年内に4人で意見をまとめ、年明けには議会政治再生を国民運動として国会議員に働きかけたい。

 

2)野党共闘の再生への小沢さんの考えは如何?

 

平野 小沢さんは総選挙後、志位(共)さんや枝野(立)さんら野党の代表者と意見交換を行っている。共闘再生の糸口を見つけようと積極的な動きを始めたようだ。話では現時点で各野党とも「自分の足元固め」を優先しており、共闘の見通しは立っていないようだ。

 平成31年の春の地方統一選挙までには、野党共闘の基本方針を関係各党で共有しなければならない。その年の参議院選挙で与野党逆転状況をつくることができれば、次の総選挙で政権交代の見通しができる。しかし、現況のように旧民進党が四分裂して、それぞれに自分たちの足場を固めることを最優先しているようでは画は描けない、という雰囲気であった。時を待つなかで、安倍政権に対峙できる野党が一致してまとまれる「旗」がいる。

 旧民進党四派が大人の常識を身につけ、国民の生命と生活を護る政治の一致を期待している。共産党にもう一方の転換を期待しているようだ。何とか、安全保障で基本方向を共有できればと。

 

(かみのやま温泉夜話)

「佐高塾」終了後、山県市の居酒屋『和』(やすらぎ)で世話役一同と懇親会。政界裏話で盛り上がった後、宿泊先の「かみのやま温泉」『古窯』(こよう)という超有名旅館に案内された。12月1日という日は、たまたま私の82歳の誕生日であった。

私は誕生日をお祝いする人間の習慣に納得できず、一度もお祝いをしたことがなかった。案内された部屋は最高で、82年の人生で最大の至福に出くわすことになる。

 しかも旅館の要所に『和』という文字が溢れている。ふと見ると、足袋を入れた紙袋に『和』の文字が「なごみ」とふりがながふってあった。山形の人は『和』が好きなのか。実は懇親会の、『和』は語源学で「戦争放棄」のことと解説して喜ばれたばかりだった。

 翌朝、目を覚ますと昨夜からの粉雪がうっすらと積もっていた。女将の佐藤洋詩恵さんから丁重な挨拶をもらい記念の楽焼を依頼された。佐高氏が私のことをオーバーに売り込んだろうと思いながら、楽焼のさらに文字を書く。「人生とは自分を見つける旅である」と。朝の粉雪を見ながら気がついた言葉だった。三人の話のなかで俳句が話題になり、「旅はたび 粉雪もよし古窯かな」とくちずさむと喜ばれたが、不満だった。

 帰宅して「粉雪や 古窯の和みを 楽焼に」とした。

 

 

〇 国会つれづれ  21 (国会の法規や慣例に馴染まない公明党)

 

 予算委員会で、自民党の国会対策費について、野党対策に使われた疑惑を追及した公明党に国民は拍手した。自社55年体制で談合政治を10年以上続けた国会では公明党を従来の慣行に慣れさせるために悩むことになる。従来の慣行といっても表と裏がある。法規に基づく慣行などは、きちんと理解して慣れてもらわないといけない。これは表のこと。裏では自民・社会・民社の談合政治三党は公明党の国会対策幹部に懸命に仲間に入るよう説得す

ることになる。

 しかし公明党は「平和と福祉」という創価学会の大義名分を無視するわけにはいかず、「防衛二法」とか「健康保険特例法」といった法案の改正に強い抵抗をする。その抵抗の仕方が、社民・民社両党は混乱の強行採決で乱闘の〝ふり〟をするだけだ。公明党の現場の議員たちは、本格的乱闘をやろうとする。議員の中に元幕内力士がいて大混乱したことがある。公明党首脳も八百長の乱闘を指導できず、国会運営を仕切っていた園田副議長は困り果て、佐藤首相に相談に行く。

 この第55回特別国会の会期末は自衛隊の増員や防衛費の増額を内容とする「防衛二法改正案」と、健康保険料値上げの「健康保険特例法」が、与野党の激突法案として佐藤政権にとって最大問題であった。そこで当時の政治の裏を証明する貴重な情報を紹介しておきたい。(佐藤栄作日記第三巻より)

 

(昭和42年)7月20日(木)

 10時登庁。国会も明一日を残すのみとなった。最後の勉強を党側に指示する。何よりも防衛二法を通過さすこと。その為に大津君(首相秘書官)を創価学会池田会長に連絡をとらす。会長が幸にひきうけてくれたので一寸安心。又その約束通り議事がとり運ばれた。(中略)池田禎二君(民社党幹部)を招いて、西尾氏(6月まで民社党委員長)に心づけを渡す。(後略)

 

これが昭和40年代の自社55年体制の実態である。新入りの公明党には「心づけ」は通用しないので、背後でコントロールする宗教団体のトップに激突法案の成立を要請する。もっとも自民党に近い民社党には、裏で審議に協力してくれた人物に「心づけ」ということで現金を渡していたのだ。さて社会党にはどう対応していたのか。これは政権のトップが対応する必要はなく、自民党と社会党の国会対策関係者で構造的に激突法案について成立させるシナリオがつくられていたのだ。『佐藤栄作日記』にある自民党政権と創価学会の関係は、岸首相時代から始まっている。これは明らかに憲法20条(信教の自由)の理念に反する行為である。

 この日記が出版されたのは平成10年(1998年)であった。佐藤首相と池田創価学会会長との関係について、私は園田副議長時代からこれらの事情を知っていた。

 野党に資金を与えて国会審議に協力させることは、議会民主政治上許されることではない。それにも増して宗教団体がつくった政党を、宗教団体のトップを使って動かす政治行為は議会民主政治にとって最大の不浄事である。第55回特別国会は、私に日本国会の恥部を見せつけた国会であった。事務局の立場ではあるが、この時期、国会改革が私のライフワークになったと思うようになった。

 昭和42年7月21日は第55回特別国会の会期最終日であった。与野党激突法案の「防衛二法改正案」は成立したものの佐藤首相が財政再建のため拘った「健康保険特例法」は継続審議となった。佐藤首相のこの法案への執念は強く、5日後の7月27日に臨時会を召集することを決断した。そんな混乱の中、衆議院事務局で事務総長が交代することになる。

 衆議院事務局という役所は、旧憲法時代では貴族院事務局とともに、トップを「書記官長」と称し、内閣書記官長(現在の官房長官職)と三長官と呼ばれ、当時の内務官僚が政治に関わる重要ポストであった。歴史的にいえば藩閥官僚が政治を支配するポストであった。新憲法下、内閣官房長官は政治家が就任することになり、貴族院は廃止され、新しく参議院事務総長に改められた。衆議院は旧憲法の慣習でも新憲法の範囲で踏襲していた、従って、旧内務省の政治を監視・管理する意識が残っていた。これを改革するのが、新任の知野虎雄事務総長の役割であった。 

(続く)

「日本一新運動」の原点―398

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇 時局妙観 (赤旗日曜版が報道した議会政治の危機)

 

 11月6日(月)、トランプ米大統領の訪日が北朝鮮への圧力話ばかりで日本中が呆れかえっている時だった。総選挙後の日本政治について「赤旗日曜版」の田中倫夫記者と懇談する機会があった。田中記者とは率直に意見を言い合える仲で、時折、先鋭化する私の言論をそれとなく注意してくれる親しい関係だ。

 安倍政権が「9・28違憲解散」に引き続き「野党の発言時間の削減」を強要した時期だった。9月以来、国会での「少数者の権利」について日本の政治家・憲法学者・マスコミ有識者が理解していないと警鐘を鳴らしていた私に、ざっくばらんな話を聞きたいということであった。その時の私の話を分かりやすく纏めてくれて、「赤旗日曜版」(11月19日号)の特集のコメントに出してくれた。

 同紙を読んでいない人たちのために転載しておきたい。

 

  「議会民主主義が危機に」

           元衆院委員部長・元参院議員 平野貞夫

 

 与党による野党の質問時間抑圧の動きを見ていると、議会民主主義の死滅に至るのではないかと強く危惧しています。

 私は1992年まで国会職員でした。当時の自民党は、法案や予算を作成するときは、政務調査会や派閥のなかで徹底的に議論した。だから、実際に国会で議論するときには、長時間ある必要はありませんでした。

 そもそも議会民主主義は「少数者の権利」を憲法で保証することで、多数決が可能になる仕組みです。まずは必要な質疑時間を少数野党に保証するところから始めなくてはなりません。

 国会法や衆院規則によると、委員は自由に質疑し意見を述べることができ(衆院規則45条)全体の審議時間に制限があっても、全委員に均等にしなければならない(同68条)とされています。

 憲法53条で「4分の1以上」で臨時国会召集を要求できるのも、「少数者の権利」を最重要視しているからです。

 ところがいま与党がやっていることは憲法53条で要求された国会開催は何ヶ月も放置し、開いたと思うと冒頭解散を強行し、選挙後の国会では「選挙に勝ったから」といって野党の質問時間を削減しようという。その狙いは「加計・森友」問題での安倍首相への野党の追及をつぶしたい一心でしょう。

 国会開会要求拒否と野党質問時間抑圧の根底には憲法や国会法で定められている「少数者の権利」を抑圧し、わが国の民主主義を破壊するという、共通の問題があります。

 

(日本の議会政治劣化の原因は何か!)

 

自民党の国会での発言時間を「野党8・与党2」の割合を「5対5」にするという強要提案には驚いた。さすがに安倍政権の機関紙的役割をしている一部マスメディアを除いて、マスコミ有識者のほとんどは反論している。朝日新聞によると、自民党の強要に55%が反対とのこと。当然だが問題は29%が賛成という世論調査が出ていることだ。日本人がいかに議会民主政治の本質を理解していないかの証明である。議会先進国ではこんなデータはあり得ない。議会の役割は「少数意見者」の十分な発言を得て多数決を機能させるという政治文化が確立しているからだ。

 もっと驚いたのは「野党の発言時間削減」への当事者・野党の反応である。「怒り心頭に発す」反応は当然のことだがその理由が傑作である。「国会の慣例を破るのはおかしい」という理屈だ。マスコミ有識者も同じ程度の理屈で過去の経過を並び立てている。

議会民主政治の根本原理にある「少数者の権利の順守」という法理を知らないようだ。「9・28臨時国会の冒頭解散」が、憲法53条違反であることを公言する政治家が、志位共産党委員長と、小沢自由党代表の二人だけだという現実は、いかにも寂しい。

 自民党の「野党発言削減要求」が罷り通るのは「9・28違憲解散」問題のけじめがついていないからだ。否、けじめをつけようとしないからだ。ようやく朝日新聞が11月20日に『政治断簡』で取り上げたのみだ。問題は、安保法制反対で立憲主義を叫んだ憲法学者たちだ。最近、私たちと同意見の学者が二人だけいること知った。近々会って意見を拝聴して脳死状態の国会を再生する運動を始めたい。

 

〇 国会つれづれ  20

 

 昭和42年2月15日、第55回特別国会が召集され、衆議院では議長に石井光次郎が選任され副議長には園田直が再選された。園田副議長は、私が副議長秘書の留任内示を拒否し、説得に吉田元首相の家老職が動くなど、事務局でひと悶着あったことを親しい記者から知らされていた。挨拶に行くと、人が変わったように「一年間苦労をかけた。公明党の衆議院進出で国会運営の方向が不明だと、佐藤首相も長期政権への正念場だと悩んでいる。ぜひ

よろしく頼むよ」と丁重だった。園田副議長は私を説得した吉田家の家老職の背後に佐藤首相の影を感じていた。

 首班指名は翌々日の17日(金)に行われ、第2次佐藤内閣が発足する。その夜、園田副議長の天光光夫人から電話があり「明日は土曜日でしょう。午後自宅に来ていただきたい。お話しがありますので・・・・」とのこと。園田副議長は留守で天光光夫人が待っていた。

「主人をよろしく頼みます」との挨拶かと思って気軽く応接室に入ると、天光光夫人、怖い顔をして「平野さん、貴方って皮肉な人間ね」と攻めてくる。私の秘書留任に主人は喜んでいるのに、夫人の態度は真逆なのに驚いた。「奥様からそういわれる意味がわかりませんが・・・・」と問う。

 

 以下、二人の会話要旨

 

○天光光夫人(以下、夫人) 解散中に女のお子さんが生まれたとのことですね。

 

○平野 次女が生まれました。

 

○夫人 主人も貴方も、親しいNHKのA記者の話だと、主人の愛人の名を付けたとのことですが、どういうことですか。

 

○平野 いやそんな意図なんかまったくありません。偶然ですよ。私が旅行中で連絡が遅れ、届出間際になって世話になった義母の名を貰ったのでして、それが大河ドラマの「北条政子」と同じになったわけで・・・・。

 

○夫人 事情はわかったわ。貴方について記者仲間からいろんな噂があって、申し上げておきたいことがあるわ・・・・・。 貴方は、どうしても男の子が欲しいということで、久保田衆議院事務総長が「男の子のつくりかたを教えてやる」と言ってそれを実行したそうね。それでも女子で、記者クラブでは「子どものできない久保田事務総長から男の子のつくりかたを教えてもらう方がアホウだ」と笑い物になっているそうではないですか。私が申し上げたいのは、決して主人の真似をして奥様を泣かすようなことはしないで下さい。

 

以上が天光光夫人からの説教であった。

 

 特別国会は昭和42年度総予算の提出を待って、3月14日に衆参両院で佐藤首相の施政方針演説等が行われ国会審議が本格化した。政界の焦点は公明党の政治スタンスで「社会党・民社党」と「自民党」の間で、民社より保守に近いスタンスと大方が見ていた。

 3月23日から始まった衆議院予算委員会で、佐藤首相は横路節雄(社)の質問に対し「沖縄施政権の返還を検討する」などと答弁し、順調なスタートであった。翌24日には衆議院に初めて進出した公明党の矢野絢也書記長は、佐藤首相に「昨年2月2日に自民党は3千万円の巨額の国会対策費を支出している。この日、自社両党が国会対策を話し合っており、使途を明らかにせよ」と迫った。社会党に疑惑があるだけでなく、民社への疑惑の発言もあり、矢野質問をめぐって自・社・民の三党が、マスコミの攻撃を受けるようになる。翌24日には予算委員会は開会できず理事会で自社民3党は謝罪を要求する。

 この問題は、「自社55年談合政治」の本質を突くものであり、公明党は謝罪を拒否した。予算委員会は翌25日に委員長発議で、矢野発言を発言録から削除することを決定した。この出来事で、公明党は「政治とカネ」問題の追及で国民の支持を得ることになる。そして政治スタンスを完全野党として、「社」と「民」の間に位置することを明確にした。

           (続く)

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   顧    問 : 戸田 邦司
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