「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

東北の復興を考える 

 ―「藩札」を利用し経済の「かたち」を変える―                 

 

日本一新の会 元田 厚生

(札幌大学大学院教授)

 

 ここでは財政については触れない。政府が考えている、増税と抱き合わせの国債の発行など論評に値しないからである。消費税でさえゼロにできるのだから何をかいわんやである(菊池英博『消費税は0%にできる』参照)。また、東電がコストカットのため耐震設計を低く見積もったこと起因する、原発震災についても触れない(武田邦彦HP他参照)。必要な対策は放射能拡散の防止と汚染された地域の除染とであるが、それらについては信頼できる専門家がネットで意見を開陳している。

 何よりも東北の復興はその歴史、つまり東北地方固有の自然と、それと向き合い共生してきた住民とが織りなしてきた歴史の延長線上に考えるべきである。そのことを前提にした上で、現在の日本とその構成要素である諸地域とが抱える問題から東北地方の復興について考え、地域の住民と地域の自治体との協力・協働によって可能な政策2点について参考に供したいと思う。

 

(「経済のかたち」を変える)

 

 復興に際し考えて貰いたいことはこれまでの「経済のかたち」を変え、外部依存タイプの地域経済を内部循環タイプに変えることである。

 人類がその誕生地南アフリカから世界に移動し拡散したのは、より豊かな生活の実現を求めてである。そして適切と思われる場所に定住したわけだが、その選択基準はその場所の自然に依存して生活を営むことができるか否か、つまり、生活に必要な大多数のモノをその場所で入手できるか否かであった。 

 環境論者は誤解しているが自然は単なる環境ではない。人類は自然素材の一部を消費することで初めて生存できるのであるから、自然は人類の生存条件そのものである。野生のリンゴを収穫する時、木を切り倒してしまえば次年度以降の生産はできないから、人類は自然を消費しながらも自然が再生産できるように気遣いながら、自然の営み(物質循環)に合わせて生活してきた。

 それゆえ定住生活が可能になるとは、その地域における自然と人間の営みが循環可能であることを意味する。これが地域循環タイプの経済であり人類に本来的な「経済のかたち」である。

 しかし狭い場所だけで自給自足することは簡単ではないから、具体的には、少し広い地域におけるネットワークを通じて、たとえば海の物を山の物と交換して生活を営んできた。それゆえ人類の本来的な「経済のかたち」とは自然との関係でみれば地域内循環タイプであり人間相互の交換と補完に視点をおけば地域内ネットワーク経済と表現できる。

 それが人類に本来的な「経済のかたち」であることは、その「かたち」が世界の各地で自然発生的にできたことが示している。世界で最初の国際貿易が奢侈品を中心とするものであったことは記憶に留めて欲しい。つまり、生活必需品は地域ネットワークを通じて入手できるのだから輸入に頼ることはあり得ないことである。ある地域が生活必需品を輸入しなければならなくなるのは、植民地支配によって内部循環タイプが外部依存タイプに作り変えられた結果である。

 現在のセネガルでは棉花の輸出が経済の生命線になっているのは、主食である米を海外から買う代金を入手するためである。輸入した米を主食とする「習慣」は植民地時代に宗主国フランスによって押しつけられたもので、仏領ヴェトナムの米を無理矢理買わされたのである。

 遠く離れたヴェトナムの米を当てにしてセネガルに人が定住するわけがないことを考えれば、この「経済のかたち」が人類に本来のものでないことは自明である。食糧を外部に依存する経済はまさに国民が自立できない経済、植民地タイプの経済である。先進国はおしなべて100%前後の食糧自給率を達成している。食糧の安全保障という点からみても国民経済の自立という点からみても当然のことで、食糧自給率が4割未満の日本は残念ながら自立した国民経済とはいえない。

 日本はセネガルとは国力が違うとはいえ、輸出大企業を経済の中心に据える限り、原材料と食糧とエネルギーを外部に依存する経済に変わりはなく、このタイプはモノが極端に欠乏した戦後の焼け野原経済か植民地経済にしか該当しない。

 しかし他方で、日本は戦後の焼け野原(モノ不足状態)から先人たちの血のにじむ努力によってモノがあふれる段階にまで到達したが、いまやモノ中心の経済は機能不全におちいっている。なぜなら、一方では自動車や家電製品などのモノはこれ以上国内で売ることはできないし、他方で国民は有り余るモノに窒息し少しも豊かさを実感できないでいるからである。つまり、日本経済はモノから多様な価値を引き出すことのできる享受能力を錬磨すべき、成熟した段階に移行したのである。

 この点は拙著に譲るが、これまでの日本経済がモノ中心でありしかも外部依存タイプであることから、東北地方の復興の方向性が明らかになる。外部依存タイプの地域経済を地域内部で循環するタイプに近づけることである。

 例として、それまで紙パルプの輸入に依存していたイギリスが紙の生産を地域循環タイプに変えたことがある。イギリスはそれまで紙パルプをアフリカなどから輸入してきたが、その輸送が多くのエネルギーを消費することから紙の国内生産を志向し、国内産の麦わらと麻そして古紙を使って生産するようにした。

 しかも麦わらという嵩張るモノの国内輸送でさえもエネルギー多消費であることから、生産拠点をいくつかの地域に分散することにした。その結果、麦わらや麻の生産、古紙の回収、それらを使った製紙、それらをネットワーク的に結ぶ短距離輸送などが可能になり、紙生産の地域内循環システムができあがったのである。

 ここで重要なもう一つの変化は、国内一円をカバーする大規模生産ではなく地域に分散した小規模生産の実現である。それを技術的に可能にしたのがそれまでの大型生産装置に変わる小型生産装置(ミニミル)であり、これこそシューマッハーが推奨した「中間技術」そのものである。彼が大型生産装置に反対した理由の一つはそれが自然浪費型であること、つまり、大量消費と大量廃棄とを前提とする大型生産装置は自然を不必要に浪費することであり、もう一つはそれが雇用削減型であることである。地域内部の人々のネットワークを可能にする小規模生産こそ地域内の雇用を最大限に保証するものだからである。 

 それゆえプーラン・デサイは「中間技術」を「地方分権を可能にする技術」とも表現する。経済が中央集権タイプ(少数大企業支配)である限り、地方は自立できず地方分権は名目の域を出ない。地方分権は税収の権限移譲だけでは実現できないからである。

 これは太陽光発電の必要性にも通じるものである。

 日本はドイツに抜かれるまで太陽光パネルの生産で世界一であったが、いまでは、固定価格での買い取りを20年にしたドイツに抜かれてしまった。日本政府(通産省)の失敗、というよりも電力会社の既得権擁護の所為である。

 エネルギー問題には二つの側面がありその一つが再生可能エネルギーへの転換である。人類は自然界の物質循環に依存しなければ生存できない以上、自然が再生産できないような石炭・石油・天然ガス・ウランなどをエネルギー源とすることは間違いで、自然が再生産できる太陽光や風力などにエネルギー源を求めることは当然のことである。

 エネルギー問題の二つめの側面は、個人を自立させ地域を自立させ国民経済を自立させるエネルギー政策か否かである。これはドイツで太陽光発電を推進した中心人物であるヘルマン・シェーア(社会民主党国会議員)の言葉である。

 アラブ首長国連邦では島一つを使って巨大な太陽光発電システムを開発中である。しかし巨大な発電システムではこれまでの電力会社による独占と変わりはない。個人はエネルギーに依存する状態を強いられる。人類の共有財産である太陽光を個々人が利用して発電エネルギーに変換させる政策こそ、新しいエネルギー政策である。

 ドイツの全電力量はドイツの建物の屋根10%に太陽光パネルを敷くだけでまかなうことができるし、屋根用の太陽光シートもすでに開発されている。ここには巨大な市場が待っている。エネルギー技術革命は中小メーカーに太陽光発電に参入する道を開く。既設の建物の屋根に太陽光パネルやシートを敷設するだけでも多くの雇用を産むのである。

 つまり、大企業への中央集権タイプの経済が日本を外部依存タイプの経済に変質させたことを踏まえ、「分散」と「自立」を合い言葉に東北の復興を進めて欲しいと願っている。

 

(震災ニューディールと藩札発行)

 

   民間研究所の試算によれば、東北3県でこれからの6年間に喪失する雇用は、農林漁業を除いても6万人に達する。「経済のかたち」を変えることが中期的な目標とすれば雇用創出は緊急の課題であり、本来であれば政府主導による「震災ニューディール」が必要である。だがそれを期待できない現状では、地方自治体政府が「藩札(地域通貨)」を発行してミニ版の「震災ニューディール」を行ってはどうだろうか。

 地域通貨の成功例として必ず紹介されるのがヴエルグル(オーストリア)での実験で、この町が1929年の世界恐慌の影響を受け不況に喘いでいた時、町長は町予算を銀行に預けそれを担保にしてヴエルグルだけで適用する地域通貨を発行し、それを町の失業対策事業の雇用者に賃金として与えた。工夫はその地域過貨をデマレージの一種として考案し、地域通貨を受け取った人がそれを翌月に使う場合、額面金額の1%に相当するスタンプ券を購入して地域通貨に貼付しなければ使用できないようにしたことである。

 このいわゆるマイナス利子の支払を避けるため、地域通貨を受け収った人はできるだけ早くそれを使った結果、その地域通貨は国民通貨オーストリア・シリングの12~14倍の速度で流通し、それに対応する有効需要を創出し、ヴェルグルはオーストリア初の完全雇用を達成したのである。

 これを伝え聞いた他の町もそれにならい1933年6月までに200以上の都市が地域通貨を採用したが、同年11月には政府と中央銀行が彼らの錬金術(信用創造)を否定する地域通貨を禁止した。その結果、ヴェルグルは再び失業率30%の町に逆戻りし、それがヒットラーを救世主として待望する背景の一つとなったといわれている。

 このように雇用問題を解決するため、東北地方政府がヴェルグルにならって藩札(地域通貨)を発行するという方策は検討に値するだろう。たとえば、1兆円を現金準備にして数倍の藩札を発行し震災ニューデールの資金とすることである。

 その場合の留意点の第一は、藩札の流通範囲を県庁だけでなく各自治体が協力して拡大することである。現在の日本にも多数の地域通貨が存在するが国民通貨(円)を補完するような存在にはなっていない理由は、その地域通貨で買い物できる店が限られているからである。藩札の流通範囲を拡大するためには、地域通貨を受け取る人と店のネットワークを作り出す必要がある。

 この点は先に述べた地域ネットワーク型の経済と重なる。これまでのように遠距離の市場向けに生産し輸送し販売する外部依存タイプの経済では、藩札の流通は限られる。なぜなら他県の業者が受け取ることを期待できないからである。したがって、藩札の流通範囲の拡大は一方では経済を内部循環タイプに変えながら、他方では地元産品の優先的購買運動「バイ地元産」と並行して進める必要がある。 

 もちろん買い物の全額を藩札で支払うことを強いることはできず円との共用になる。しかし、藩札で支払った割合に応じて支払い額を値引きするなどというアイデア、地域の実情に合わせた仕組みが必要である。その場合、値引きで誘導するのではなく、地域の復興のために面倒でも藩札を受け取りそして使うという精神こそ重要である。

 藩札の導入はまず県庁と市町村役場が音頭をとることになるが、震災復興を合い言葉にしたヒューマン・チェーンを作り上げることを最優先すべきであろう。その鎖の輪は「地元産品の購買によって地域の生活と雇用を守る」というメッセージと共に広がるのである。フェース・トゥ・フェースの人間関係の広がりこそ、無機質で匿名の市場経済を変えるファクターで、藩札導入にはもっと沢山の問題が介在しているがそれを乗り越えるプロセスこそ人間関係の輪を作り上げる契機ともなる訳だから、部外者の言及はここまでにしたいと思う

プロフィール

nipponissin1

Author:nipponissin1
   代    表 : 平野 貞夫
   顧    問 : 戸田 邦司
   事 務 局 : 大島 楯臣

カレンダー
03 | 2011/04 | 05
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
動画
 
最新記事
リンク
一新のトランク
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
Translation Tools
QRコード
QR
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!
Powered By FC2ブログ