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「日本一新運動」の原点―350

◇予備会員(会費切会員を含む)への配信は周回遅れで配信します。

  当ブログも同様に周回遅れで掲載しています。 

 

            日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇「申年」を去るにあたって!

 

 今年の流行語大賞に『神ってる』が採用された。プロ野球で、「広島カープ」の活躍のことだ。今年は「申(さる)年」で年初のメルマガ299号で「申年」について講釈を述べたことをご記憶の方もあると思う。

 その中で「人間は動物(猿)から神(申)の間の存在だ」と、中国の最古の字典「説文解字」から紹介したが今年の暮れになって、私にも日本一新の会会員の皆さまのおかげで、異変が起きかかっている。

 それは今秋10月小沢一郎さんのアドバイスと協力で、『野党協力の深層』―共産党の大転換・自由党の再起動―を年内に刊行することになり、12月16日に出版できた。一時は無謀な「猿知恵」といわれたが発売日の16日に「アマゾン」には在庫無しとのこと。具体名は避けるが個人で50冊の注文に続き100冊もの注文という動きがあった。発行の「詩想社」も驚き、発売元の「星雲社」の在庫もなくなる事態となった。

 これは私にとって「猿ってる」状態といえるが来年は「酉(とり)年」である。「神ってる」とはいわないが、猿真似から飛び出して「神」の「ネ」偏を飛ばすと「申ってる」となる。さすれば、次の総選挙で政権交代を実現できることになるのではないか。

 

〇 日ロ首脳会談に思うこと!

 

 12月15・16日と来日したプーチンロシア大統領と安倍首相の日ロ首脳会談の始末をひと言で言えば、日ロ領土問題の原点をロシア側が事実上無視し、日本側は原点の確認すらできず安倍首相の惨敗となった。それを安倍首相は「平和条約締結に向けた重要な一歩となった」と自画自賛したが、正気の沙汰か。

 原点の一つは、昭和48年(1973年)10月8~9日と、モスクワを訪問した田中角栄首相が、ソ連のブレジネフ書記長・コスイギン首相と3日間にわたって激論を重ねて、詰めに詰めて勝ちとった「共同声明」にある。これらのことについては、田中元首相が脳梗塞で倒れた直後、早坂茂三氏の名で刊行した『政治家 田中角栄』に私が直接関わっていたことから、当時の記録を調査したので、参考のため説明しておこう。

 

 まず『日ソ共同声明』の関係部分だが、「双方は第2次大戦の時からの未解決の諸問題を解決して平和条約を締結することが両国の真の善隣友好関係の確立に寄与することを認識し、平和条約の内容に関する諸問題について交渉した」ということだ。この声明を出すにあたっては、田中・ブレジネフ間で次の確認が行われている。

 

〇 田中 未解決の諸問題のうち、最も重要な問題は4つの島、即ちハボマイ・シコタン・クナシリ・エトロフの4島のことであることを確認して良いですね。

 

〇 ブレジネフ ダー(その通り)

 

〇 田中 確認しますよ。

 

〇 ブレジネフ ダー(その通り)

 

 この発言記録は日本外務省が保管している。これ以降さまざまな日ソ・日ロ間で交渉が行われているが、すべて4島返還を引き続き協議していくというものであった。プーチン大統領の論理は「すべて信頼関係が前提だ」ということだ。ということは「現時点で安倍首相を信頼できない」といっていることと同じである。ウクライナ問題で米国やEUと一緒に、対ロ経済制裁を率先してやっている安倍首相を簡単に信頼するわけにはいくまい。

 思い出して欲しい。鳩山一郎政権が昭和31年10月に『日ソ共同宣言』に調印した時には、2島だけはすぐにでも返還される雰囲気であった。それを駄目にしたのは、ほかならぬ安倍首相の祖父・岸信介政権が、昭和55年(1960年)に、日米安保条約を強行に改定したからであった。私に言わせれば、祖父と孫で2島すら返還の見通しをなくしたのが実情だ。この事実を、何故、報道しないのか。それどころか、今回の共同声明の「特別制度で4島の経済開発の協議を始める」との合意を〝領土問題解決の第一歩〟とハシャイでいる人物がいる。鈴木宗男元衆議院議員だ。

 

 自民党の対ロ外交のキーマンは鈴木氏だった。北海道が選挙区で、中川一郎衆議院議員秘書時代から、ソ連との交渉、利権も含めさまざまな噂のある人物だ。その鈴木氏ついておもしろい話があるので、この機会に紹介しておこう。平成12年4月、森喜朗政権が成立した直後の話で、当時、永田町を取材していた政治部記者ならほとんど知っていることだ。

 森喜朗首相は、自民党派閥の宏池会を排除して他の主要派閥の談合クーデターでつくられた。私などが〝憲法違反〟と騒ぎ立てたこともあって国民的に批判されていた。その対策としてロシアのプーチン大統領と会談して、北方領土問題について国民に期待を感じさせる策を打つことになる。その根回しとして前小渕政権の官房副長官でロシア通の鈴木氏がモスクワに派遣された。そしてプーチン=森会談の話をつけてくる。とここまでは事実だが、これから先は〝噂〟である。

 この時、鈴木氏は内閣官房機密費5千万円を持参し、プーチン大統領側近たちに森首相との会談実現運動に〝活用〟したという。上手に交渉したとみえて、なんと機密費が余ったとのこと。それを持ち帰り、何に使ったかは本人しかわかるまい、という無責任な噂話だが、外交交渉の裏というか本質の一つだ。

 この森政権スタートの最大の功労者である鈴木氏は、同じ清和会の小泉政権で「苛め」にあう。北方領土関係や政治資金問題で検察の捜査をうけることになる。受託収賄罪で最高裁まで争ったが刑を受ける。刑を終えるや反自民の闘士として野党の先頭に立った。公民権停止期が近づくにつれ、安倍政権にすりより、対ロ外交のブレーンとして活躍するようになる。多分今回のプーチン大統領の訪日にも大きく関わっているだろう。政界復帰を目前にして、何かの狙いがあるのだろう。

 安倍首相といい、鈴木氏といい、自民党の政治家の中には個人の権勢欲に利用してはならない問題を利用するという亜流の政治家が多い。安倍首相の「北朝鮮拉致問題」や、鈴木氏の「北方領土問題」など人間や国家の基本問題を個人の権力欲や利権に利用すべきではない。

 プーチン大統領は、安倍首相や鈴木氏の個人的政治利用を見透かし、「日ロ両国間に領土問題はない」と、1951年の『日ソ共同宣言』の基本すら無視する態度に出たわけだ。なぜプーチン大統領がこのような厳しい態度に出たのか。その背景を検証せず、今度はオバマ米国大統領と「真珠湾の米国犠牲者の慰霊」に行くと、またもや総選挙に政治利用しようとする安倍首相の人間としての姿勢に危機感を持たざるを得ない。プーチン大統領が訪日して、わが国に投げ込んだ爆弾は「日米安保条約をどうするのだ」というものである。日本はこれに解答しなければ、北方領土問題は動かない。

 

(吉田茂首相の日米安保条約への考え方)

 

 安倍・プーチン日ロ首脳会談で、両者の基本認識で興味があったのは「日米安保条約」は何かという問題だった。プーチン大統領が2島返還すら白紙に戻したのは日米安保条約の存在であった。日本が独立講和条約を締結した際、同時に日米安保条約が締結された裏事情を、私は昭和36年春締結責任者の吉田茂元首相から直接聴いた話を紹介しよう。

「講和条約交渉で、米国のダレス大使は憲法改正による再軍備を強要してきた。中国が共産党政権となり朝鮮戦争が始まっていた。もちろん拒否した。それで日本を誰がどういう方法で守るかという問題に直面した。

 米国は米軍が日本の安全を守ってやるので駐留体制を強化し、継続するから、それなりの負担と感謝をしろということだった。私はダレスにいってやった。日本列島の地政的条件が、大平洋で米国を守っている状況を理解して欲しい。日米相互がソ連の太平洋での覇権を阻止する形のものでなくてはならない」 ということで日米安全保障条約となった。ところが当時の吉田首相は米国を信用しておらず、日本の安全は国連に責任を持たせようとして、日米安保条約を国連総会で承認するよう要求した。

この時期、国連安保理は朝鮮戦争等でソ連がボイコットしていた。米国が了承する話ではない。吉田首相は、サンフランシスコでの講和条約や日米安保条約の調印式に行く気にならず、代理人を出すといって外務省を困らせた。

 この話は吉田茂元首相の家老役をやっていた私の東京での親代わりの依岡顕知という人物から聞いた話である。吉田首相を説得したのは、昭和天皇だったという秘話を語る人物さえいる。日米安保体制の根源には、冷戦時代に日本の地政が米国を守っていたということを忘れてはならない。

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