「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―358

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 日本一新の会事務局

 

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            日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇 新著『角栄―凄みと弱さの実像』について!

 

 世の中には不思議なことがあるもので、昨年10月末『野党協力の深層』(詩想社新書)の執筆が最終段階だった頃、日本一新の会事務局に一通のメールが届いた。そこには「出版企画書」とあり、ホメ殺しに近い文面が綴られていて、出版社は彼の(株)ベストセラーズで、「角栄本」の執筆依頼であった。躊躇する私の尻を叩く事務局にも乗せられて編集者に会った。

 担当は書籍編集部の山崎実氏で、執筆の了承もしていないのに、会うと同時に発売日を2月末に決めているという。無茶苦茶な話だとは思ったが、間を置くと、世間知らずの事務局が何を言いだすか〝危険〟なので、これも何かの縁だと観念して応じることにした。『野党協力の深層』にはそれなりの反響があって、「角栄さん」の話には、野党協力支援者の関心が高く、執筆には参考になった。まずはひと足先に『まえがき』と『おわりに』をメルマガ読者諸兄に紹介しておきたい。

 

はじめに

 最近の異常な〝角栄ブーム〟が、角栄は「天才」というイメージを作り上げました。本書の目的は角栄の「凄みと弱さの実像」を追跡して「角栄は天才ではなかった」ことを論証するためです。角栄を「天才」とすることは堕落と腐敗を続ける日本の政党政治、その文化の本質を危うくします。政治の進歩は、国民とその代表者の不断の努力の積み上げで可能となるものと言えるからです。

角栄が総理の座を降りた翌年、1975(昭和50)年の春、当時、私は前尾繁三郎衆議院議長の秘書でしたが、前尾議長の用向きで田中事務所を訪ねた時角栄と世間話をする機会がありました。

「田中先生は、瞬時に会った人の心を掴む〝天才〟と言われていますが具体的にはどんな策があるんですか」と私が聞いたところ、角栄は、

「策なんかありゃせんよ。努力だよ、努力。人の心を掴むには事前に調べごとをしておくんだ。何でもよい、相手がもう忘れてしまったような驚く話を出すんだよ。そのためには調査とそれを記憶する努力がいるんだよ」

 と角栄は静かに語り、私はその言葉の「重さ」にびっくりしました。そういえば、角栄は総理になっても変わることなく深夜に起床して、翌日の重要政務の資料を検証していたようです。確かに角栄には、優れた記憶力・判断力・直感力がありました。しかし「天才」という性質のものではありません。角栄のこれらの能力は、貧しい馬喰の家に生まれ、人が生きていくのに限界といえる劣悪な環境で育ち、高等小学校卒業という学歴で、戦前・戦中・戦後の日本の厳しい社会で生き抜くため、角栄自身が想像を絶する努力をする中で培った力でした。

 それだけでは角栄の活動力は語りつくせません。角栄を死に物狂いの努力に駆り立てる何かが会ったはずです。それが角栄を総理という栄光の座に押し上げた《土着縄文国津神文化》です。この「土着文化」が、敵対する《官僚弥生天津神文化》によって制圧され、角栄は政治の舞台から葬られたと私は思います。角栄の出生地は、旧地名で、新潟県刈羽郡二田村という《裏日本》の雪深い貧村です。古代から「艮(うしとら)」と呼ばれる地方です。

広辞苑などで「艮」は、東北とか鬼門という差別用語で説明されています。これを地図で考えてはなりません。明治憲法下の官僚政治は、東北はむろん列島の僻地住民や都市の棄民を犠牲にして行われました。

 敗戦で誕生した「日本国憲法」は、人間の自由と平等を目標として生存権を保証するものでした。角栄は「艮」の地霊に導かれ、新憲法の中から「人間の差別や地域の格差を解消するため」に政治活動を始めたのです。そして総理の地位に就き、歴史の中に差別されていた地域や人々に、政治の光を当てようとしたことを、「官僚文化」は許さなかったのです。

「政治は国民生活である」と叫んだ角栄が葬られてから、日本の官僚天津神の支配は「沖縄」をはじめ日本の過疎地、そして大都市の棄民地を「艮」に塗り変えさまざまな格差社会を作りました。しかし、今や日本中が、アメリカの「艮」の地になりかねない状況です。それを阻止するためには、今こそ国民の「いのちと暮らし」を護り発展させる、角栄が「日本列島改造論」で残した課題を新たに「新日本列島改造論」として策定しなくてはなりません。そのためにも角栄の「凄みと弱さの実像」の検証が必要なのです。

 角栄が政治家として主に活動した昭和20年代から50年代の日本は、敗戦の復興から再建そして奇蹟の経済大国となる大激動時代でした。当時の倫理観や法制度の元での角栄の行動を、単純に評価も批判もできません。大事なことは、角栄の「金銭感覚」、「女性観」、「政治観」などを戦後の日本の歴史に位置づけ正確に知ることです。その上で角栄が発想した政治理念や政策のどの部分を現在の日本の再建

に生かすべきか。

 これが今、私たちに与えられた課題だと思っています。

 

 

おわりに

 昨年7月、私は『田中角栄を葬ったのは誰だ』(K&Kプレス)という著作を刊行しました。ロッキード事件の時期に、前尾繁三郎衆議員議長の秘書だった私の体験や情報を駆使して執筆したものです。

 目的の第1はこの事件は「国家権力が捏造した犯罪」で、その後の日本は米国への従属をよしとしない政治家を排除するようになったことを論証するためでした。第2は「ロッキード事件」の再現が、「小沢陸山会事件」であったことを批判的に論じることでした。陸山会事件は冤罪が明らかになりましたが、事件の捏造は麻生太郎自公政権から始まり、なんと、民主党へ政権交代した菅直人政権までが司法と策謀して、小沢一郎を排除しようとした異常で異様な事件でした。

 その後、日本政治の状況は「権力の犯罪」と言える事件が続出しています。「原発をめぐる諸政策」、「沖縄辺野古基地の強行建設」、「集団的自衛権行使容認の解釈改憲」、「アベノミクスによる日銀の暴挙」等々です。問題は安倍晋三自公政権の暴政を、国民の立場で批判すべき巨大メディアのほとんどが、政権の〝旗振り〟をやっていることです。私はこれを日本の危機として取り上げました。ところが私の「角栄本」は、ごくわずかな人たちから評価されましたが、巨大メディアから無視され、十分な成果を挙げることはできませんでした。悔いを残して悶々として夏から秋へと季節の移りの中で過ごしていました。 

 そんなところに2016年10月28日、KKベストセラーズ書籍編集部の山﨑実氏から書面が届きました。珍しく7月刊行の『田中角栄を葬ったのは誰だ』を高く評価してくれた上で「角栄本は巷にあふれているが、実像を描いたものは少ない。角栄氏の政治活動だけでなく人間論を含めて、角栄の凄みと弱さの実像をかけるのは、貴方だ」と誉め殺しの甘言に誘惑され、応じることになりました。

 発刊が2月末と決められており、膨大な数の「角栄本」と資料・情報を限られた時間に検証し整理することで、編集部のスタッフには散々のご苦労をかけました。一応の完成をみることができましたが、これは「人間角栄論」の出発点だと思っております。

 この機会に、本書がまとまっていく間に不思議な体験をしたことを記しておきます。私は時々、ご縁があって他界された政治家たちから夢でいろいろ示唆を受けることがあります。一時、「夢日記」を付けていたことがありました。

 昨年末、私の政治課題は「野党選挙協力の実現」です。役割は、国民や野党にある「小沢アレルギーと共産党アレルギー」の解消です。その方策として昨年12月、『野党協力の深層―共産党の大転換と自由党の再起動―』(詩想社新書)を刊行しました。内容は、政権交代への小沢自由党代表の腹構え、そして私が関わった共産党の国会での秘話でした。この著作に野党や市民から批判や評価が押し寄せるようになりました。丁度、本書の制作時期と重なりました。そんな時、角栄が夢に出てきたのです。

「わしの過去のことを穿くって何になる。わしの考えや活動の中で、これからの日本に役立つことを大胆に語れ!」と、発破をかけられました。

 私は昨年の暮から本年1月にかけて、首都圏で5回ほど「野党協力の必要性」の講演をする機会がありました。多くの市民の関心は「角栄なら今の日本をどうするか」です。私は話の最後で、「角栄は、自民党幹事長時代〝戦争放棄を謳っている憲法第9条は改正されることはない〟と公言しています。角栄は『日本列島改造論』の結びで〝日本は軍事大国になってはならない。公害・過疎過密・世代間の断絶などをなくし、《人間復権》の新しい時代を作ることに総力をあげるべきだ〟と論じています。これが、

戦後私たちが培ってきた保守本流の考えです。大転換した共産党とどこが違いますか。これが選挙協力の精神です」と叫びます。

共産党支持の人たちも喜んで拍手してくれます。角栄の《人間復権》の精神は党派を超え、世代を超え、今も民衆の心に生きています。

 今回、本文の構成に大変な労力をかけて丁寧に進めていただいた横関寿寛氏、および書籍編集部の山﨑実氏には心より感謝を申し上げます。そして私の夢の中で、また角さんが現れては私にこう語りかけてくると思います。

「平野、あの世には何も持ってけないぞ。なら、おまえのすべてを日本の将来のために役立ててこい。生きろ!」 日本の民衆に角さんの声を捧げたいと思います。

 

                      2017年2月

                        平野 貞夫


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   代    表 : 平野 貞夫
   顧    問 : 戸田 邦司
   事 務 局 : 大島 楯臣

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