「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―375

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇 時局妙観 (「共謀罪法」成立の七不思議)  

 

 突然、共謀罪法をこの国会で成立させようとした安倍政権の謀略は結果として成功した。これで、日本が戦前の戦争国家体制に戻ると、繰り返し論じてきたのは国内では『メルマガ・日本一新』だけだった。案の定成立後をみていると外国のマスメディアから「日本からデモクラシーが去り、戦前の全体主義の悪夢を危惧する」との論調が出始めた。

 まずは安倍政権を厳しく批判しなくてはならないが、より以上に4野党、とりわけ民進党と共産党に対して、審議未了なり継続審査に何故持ち込めなかったのか、7つの摩訶不思議として問題提起をしておきたい。

 

1)4野党が「共謀罪法」を、戦時体制の総仕上げの〝戦争法〟と認識しない不思議。

2)「安保法制の廃止」で選挙協力すると合意した4野党が共謀罪法・森友・加計問題等の国会活動では共闘しなかった不思議。

3)民進党と共産党が「共謀罪法」の審議で、違憲性という基本を追求しなかった不思議。

4)民進党と共産党が「議会民主政治の存立に関わる暴挙」と認識し、徹底的な抵抗権(物理的を含む)を行使しない不思議。

5)参議院民進党国対委員長が、自民党国対委員長から「中間報告の通告」を受けるまで「信頼関係にあった」と発言した不思議。

6)「共謀罪法案」を参議院本会議で中間報告をし、可決したことは、国会法56条3に違反(「特に緊急を要する」の要件)するとの主張を、4野党がしない不思議。

7)参議院で、議長不信任決議案・安倍首相問責決議案を4野党が提出し、会期延長に持ち込まなかった不思議。

 以上の7不思議についてコメントしておきたい。

 

第1に、4野党が「共謀罪法」を戦時体制への総仕上げと何故認識しなかったかという問題である。それは4野党指導者に歴史認識が欠けていたからである。安保法制の審議でも、吉田内閣時代には「集団的自衛権」を国際法上正当性がないと主張した事例や、国連に報告された行使の実例が国連憲章を無視した自国の侵略の言い逃れがすべてであったことを『メルマガ・日本一新』で発言するのみならず、審議で取り上げるよう野党に進言したが無視された。社民・生活の党にはその意識はあったが、如何せん少数のため、発言の機会がなかった。その意味で民進・共産両党指導者の責任は重大だ。

 

第2は、この民進党や共産党の問題と併せ、安保法制であれだけ立憲デモクラシーを叫んだ憲法・政治学者などにもこの問題意識がなかったことによる。弁護士などの「監視社会化・内心の自由の侵害」という、専門用語がマスメディアで踊っていたが、一般庶民がどれほど理解できたか。その先の国家社会がどうなるのか、それを指し示すのが政治家であり、有識者と言われる人たちの責任である。要するに、法理論として違憲性のある「共謀罪法」の本質を妙観(真実を見抜く)する力がないことがこの悪法を成立させた根本原因だ。

 この点についてマスメディアの論調にも責任がある。私が知る限り、報道で「戦時体制の総仕上げ論」をまともに取り上げたのは、東京新聞の一社だけだ。「こちら報道部」であり、転載しておく。

 

「元参議院議員の平野貞夫氏は『現憲法下では、委員会で細かい実質的な議論をする委員会中心主義が不文律となってきた』と、中間報告の適用は国会が議論の場としての体裁をかなぐり捨てたと指摘。『戦時体制の総仕上げとなる共謀罪を成立させた国会は崩壊している。憲政の常道から外れている』と批判した」

 

 安倍政権に対する欧米メディアの批判は、歴史認識問題から特定秘密保護法・新安保法制・共謀罪制定への動きを通じ、加速してきた。論調の核は先進性が共有する『民主主義』からの逸脱だ。戦前の全体主義への回帰を案じるニュアンスが込められている。

 事が終わってからの後追い論調とはいえ、ここ数ヶ月私が機会ある度に論じてきたことであり、政治家諸氏もこの認識を十分に学んで今後の参考にしていただきたい。

 

第3は、最悪の共謀罪法を成立させた上で権力の犯罪としか形容できない〝加計問題〟に幕を引くことになった通常国会に対して、国民は厳しい批判を発信している。これからどのような政治展開になるだろうか。まず、4野党協力にひび割れが入ったことは間違いない。私のところには共産党の大転換を評価して支持者となった人たちから「共産党は結局、選挙協力を有利にするため民進党の弱腰国会対策に乗ってしまった。国や国民のための大転換ではなかった」との抗議が多数届く。「一部の幹部にそう言う気があったようだが、議会政治に不慣れなのが原因だ」と説明しておいたが、自由・社民・沖縄の風の七名が牛歩投票で抗議した姿勢が、国民から高い評価を受けている。共産党は議会政治の本質を学ぶことが急務となろう。

 問題は民進党の行方だ。都議選では当選予想1名だとか、議席ゼロなどと最悪事態だとの論もあるが、通常国会では数々のチャンスがありながらも何一つも成果を挙げられなかった責任は重い。その影響は民進党の改革論では収まらず、分裂というよりも分解・崩壊現象となる可能性もある。

「4野党共闘」の再編というか、既成野党の解消現象が生じその結果新しい政治グループ結集の動きが出てくる。そのグループが、既成与党と総選挙を戦うということになると、フランスの新しいデモクラシー日本版が起こることも予想できる。先の国会で共謀罪を強行成立させ、加計問題を逃げ切った安倍政権を待っているのは、厳しい「天命」からのペナルティーではないかと妙観する。

 

 

〇 国会つれづれ  6 

(日韓国会(昭和40年)で憲法冒涜の本会議を体験)

 

 東京オリンピック大会の前半(昭和38年)、衆議院議院運営委員会という国会で最も不条理で不浄な事務担当となる。しかも、先輩職員の頭を越えて係長というポストで異常な人事だった。

 東京オリンピック大会が終わると池田首相が喉頭癌で総辞職し、後継に佐藤栄作首相が誕生する。池田内閣が実現できなかった与野党対決問題の処理を積極的に進め、国会運営は大混乱に陥る。その最大事件は日本と韓国との国交を正常化するための「日韓基本条約等」の審議であった。

 第50回臨時国会が昭和40年10月5日に召集され、これが悪名高い「日韓国会」である。衆議院に日韓基本条約と国内関係4法案が提出され、10月19日に「日韓特別委員会」が設置され審議が始まる。社会党は条約の内容が韓国に有利すぎ、当時友好国関係であった北朝鮮にとって不利な条件として強く抵抗した。審議妨害や拒否などを尽くし、政府自民党は困惑し「連日審議の動議」を提出可決するなど強行した。当時、この種の動議提出者に「ご苦労代」をだす習慣が自民党にはあり通常30万円の相場を50万円に上げたことが話題になったことを記憶している。

 佐藤政権は特別委員会でも本会議でも強行採決することを決断しその準備に入る。当時衆議院議員に当選したばかりの金丸信氏が自民党議運理事の末席にいて強行採決体制になった日に、議運委係長の私を密かに呼びだし、相談があるという話が傑作だった。

「佐藤首相から厳命をうけた。議長がどうしても本会議のベルを押さないとき君がベルを押す役だ。日韓条約にはわしの政治生命が掛かっていると言っていた。ベルの場所を君なら教えてくれると思っての相談だ」。

 本会議開会のベルは事務局の厳重な管理下にあり、議長の指示がなければ絶対に押さない。佐藤首相はそれがわかっていて、敢えて金丸理事に役を振り気分を高揚させるためだと理解した私は事務的な扱いはできないと思い、議長室の隣の秘書室の壁の隅にあるヒーター用のスイッチを「これがベルです」と教えた。金丸理事は大真面目に「これで僕は責任を果たせる」となった。以来、金丸議員は死去するまで私を信用し、何かにつけて相談を持ち込まれた。金丸議員との交遊はマンガの世界だった。

 日韓基本条約は特別委員会で混乱の内に強行採決となる。社会党は本会議で議事引き延ばしをやり、徹夜国会が続き、4日目に自民党は強行採決を行う。そのやり方が憲法違反どころか、議会政治を冒涜するものだった。議事妨害とは野党の抵抗でフィリバスターといって議事法規上認められている。先議案件というのは、日韓基本条約の本案の審議に先だって審議を必要とする議長不信任決議案や質疑討論のことだ。これらの先議日程を全部後回しにして、日韓基本条約等を先に強行採決したのだ。その直後、私が議運委員長室に行くと、社会党の柳田国対委員長が自民党の坪川議運委員長に「これでよかったですか」と握手しているのに出合った。憲法違反の強行採決は〝自社談合〟の成果だった。

(続く

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   代    表 : 平野 貞夫
   顧    問 : 戸田 邦司
   事 務 局 : 大島 楯臣

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