「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―389

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇 時局妙観 (憲法53条「少数者の臨時国会召集要求権」は、

議会政治存立の基本問題である)

 

 9月25日、安倍首相は記者会見で臨時国会冒頭の衆議院解散を明言した。これまで報道されてきた28日の召集日に審議なしの解散が確定した。「大義なき解散」と日本中で批判が渦巻いており政治的には歴史的暴挙である。それはそれとして「憲法53条が少数者の権利」として規定する「議会民主政治の存立の問題」として取り上げておきたい。

 

1)日本の憲法・政治学者は、議会制度の

「少数者の権利」について研究不足である。

 

 伝えられるような臨時国会冒頭解散が実行されるとすれば憲法53条に違反することは論を俟たない。問題は違憲論の根拠だ。野党が主張する手続論や「暴挙」といった政治論で済まない重大な問題がある、その理由は政党の指導者やマスコミ有識者に影響を与える学識経験者の「少数者の権利」についての、明治以来研究不足であった。

 私の手許にドイツの公法学者で世界的に知られているイェリネク法学博士が、1898年(明治31年)に、ウイーン法学会で講演した『少数者の権利』の翻訳資料がある。日本で議会政治が始まって8年目の頃である。

 イェリネク博士は、この講演で国家が形成され始めた古代から「少数者の権利」が、どのようにして確立してきたか、その苦難の道を論じて来たる民主制社会でも「多数者の横暴」という文明人の危機が到来することを予言している。その解決策として、

「社会が、荒廃した精神的論理的軽薄さと頽廃から自分を防御することが唯一可能な道は、次のことであるということに究極的には気づき、それを実現するだろうということである。それが、少数者の権利の承認である」

 として講演を結んでいる。

 かくして「少数者の権利」は、文明・民主制社会で「多数者の横暴」を起こしかねない倫理的軽薄さ頽廃による荒廃を防ぐため、議会民主制度で承認されたのである。そして「少数者の権利」は、文明と民主制を護るために、近代国家の憲法上の権利として確立するに至ったのである。議会民主政治で「政権交代」が必至となる根拠はここにある。憲法・政治学者は視点を、ここに集中して欲しい。

 

2)憲法53条の「議員の臨時国会召集要求権」は、

議会民主政治の根幹である。

 

 憲法に規定されている「少数者の権利」を例示すると第53条(臨時国会の召集・議員の召集要求権)、第55条(国会議員の資格争訟の裁判での特別多数決)、第57条(両議院の会議を秘密会とする特別多数・記名投票要求)、第58条(議員除名の特別多数決)、第59条(衆議院再議決の特別多数決)、第96条(憲法改正発議の両院の特別多数決)等々である。この他に質疑・討論などの要求を多数決で排除してはならないという憲法の慣例がある。

 これらの「少数者の権利」で基本となるのが第53条の「いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣はその召集を決定しなければならない」という規定である。理由は、他の規定は国会が召集され、会期が始まり、その活動の中での「少数者の権利」として活用するものだ。

 わが国の憲法は会期制を採用している。常会・特別会・臨時会の3種類だ。常会は1年に150日を会期とする通常国会のこと(憲法5条)。議会制では当然のことだ。特別会は総選挙後の衆議院の構成や首班指名などのためだ(憲法54条)。次に臨時会についてだが、法律上の制定を必要とする事態とか、特定の問題が発生して審議や調査をする場合に召集される国会である。そのために憲法53条が設けられている。その他に臨時会の名で国会法は衆議院議員の任期満了による総選挙後に召集される国会、参議院通常選挙後に召集される国会がある。

 この憲法53条が重要だ。国会が臨時に活動する必要が生じた場合、内閣が臨時会を招集する決定できるというのは当然の道理である。これと同等の権限で「いづれかの議院の総議員の4分の1以上」に、臨時会の召集要求権を規定していることに注目すべきである。

 召集の手続は内閣しかできないので憲法は内閣に召集の決定を義務づけているのだ。内閣が召集手続を放置して良いというものではない。4分の1の議員が要求する臨時国会の要件を誠実に対応する義務がある。

 この憲法53条について、日本では議会民主政治での「少数者の権利」の基本に位置づける憲法学者が少数であることが残念である。召集決定を内閣が行うことから「日時決定権」を内閣が占有していると解釈する憲法学者が多数だ。少数者の要求する問題の審議のタイミングを意図的に外して召集することなど許されることではない。召集決定をサボタージュすることはもちろん違憲である。

 今回伝えられる臨時国会の召集日、政府の所信表明や代表質問など行わず、4野党が召集要求の理由として「森友・加計問題の真相究明」の審議をまったく行わず衆議院の解散を断行した場合、憲法の法理上どんな問題があるか検証してみる。

 まず、憲法53条の「少数者の権利」は憲法が他に規定する、「少数者の権利」を、活動させる場づくりの役割をもっている。いわば議会民主政治における「少数者の権利」の原点である。いわゆる「冒頭解散」が行われるとすれば、憲法が与えた「少数者の権利」の基本である「正規に国会が活動する場づくり」を内閣が解散権で抹殺することになる。わかりやすく言えば、議会政治に対する殺人行為といえる。

 イェリネク博士が論じたように、「少数者の権利」が議会制度で承認されたのは、文明と民主制の発展のためである。その意味で、9月28日に召集される第一九四回臨時会での「いわゆる冒頭解散」は、解散権の限界を超えるものである、憲法違反であることは無論のこと、人類が築いてきた文明と民主制を崩壊に導く、権力の〝電磁波パルス〟攻撃といえる。

 

3)「いわゆる冒頭解散」への対応について


 憲法53条の違憲訴訟を起こすことを検討すべきである。最高裁は「統治行為論」で憲法判断を避けるだろう。解散によって経済的精神的損害を受けたという、民事の損害賠償訴訟でどうか。門前払いなど困難な事態が想定されるが民事訴訟を通じて「少数者の権利」と「解散権」の関係について、司法に何らかの見解を示すよう迫るべきだ。

 法律の専門家の中には、昭和27年の「吉田ワンマン抜き打ち解散」の憲法7条をめぐる「苫米地訴訟」の司法判断を例に「無駄」との声がある。今回は「憲法53条」の「少数者の権利と解散権」についてのことであり、近代国家で議会民主政治が発展した根源の「少数者の権利」の存立に関わる問題である。もし司法がこの問題を誠実に取り扱わないとすれば、民主国家における司法権の信頼を問われることになる。

 議会政治を導入して127年となるわが国で、議会民主政治が定着しないのは「少数者の権利」に権力側も理解を持たず、学識・マスコミ関係も形だけの理屈をいうだけで、国民の多くが「仕方ないシンドローム」となっていることに原因がある、憲法53条をめぐる訴訟がこういった日本の政治文化を改善する動機となる。

 

4)総選挙の争点を「国会抹殺・アベナチノミクス」

として野党協力のテーマにしよう。


 これまでの論点を整理すると、

イ、議会民主政治は「少数者の権利」を憲法で保証して、多数決が可能となる仕組みである。

ロ、憲法五十三条(議員の臨時会召集要求権)は「少数者の権利」で最重要なことである。

ハ、議会民主政治の根幹は「政権交代」である。これは「少数者」が国民の意志で「多数者」となって、政権を担当することだ。

ニ、文明や民主制の発展は、歴史の中で「多数者の横暴」に対峙した「少数者の権利」の承認で可能となる。

 

「いわゆる冒頭解散」が実現した場合、政治的暴挙という批判の次元ではない。議会民主政治が成立する原点を謀殺することになる。可能ならば衆議院解散で職を失った4野党の全議員が「憲法53条と7条」をめぐって、民事訴訟を提訴することが望ましい。

 それぞれの地方裁判所で手続を行い、選挙区の市民連合と共同で「国会の謀殺を許すな」運動を展開すれば効果があろう。比例選出議員は東京地裁に提訴することになろう。

「集団憲法訴訟」は国際的話題となり、日本の民主政治の改善に役立つことになる。    

(「国会つれづれ」は休みました)

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