「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―98

 

日本一新の会・代表 平野 貞夫

 

 『議会政治の誕生と国会』(信山社刊)の刊行にあたって、日本一新の会・会員の皆さんには、格別のご高配をいただいております。

 まずもって厚く御礼を申し上げます。

 

(「小沢強制起訴裁判」は120年の議会史で最悪の事件だ!)


 わが国の議会政治誕生までと、議会史120年の通史をまとめる目的のひとつに、「小沢強制起訴裁判」のような議会民主政治を崩壊させる事件があったかどうかを検証することがあった。類似の事件はあったが、同様の事件はなく、120年の日本議会政治を崩壊させたことにおいては歴史的不祥事といえる。そこで、類似の代表的事件の概要を説明し、わが国のありかたを歴史の中から学びたい。

 

〈帝国人絹事件〉 昭和9年、齋藤実内閣で起こった軍部を背景に政党の内紛を利用して検察が政治に干渉し、齋藤内閣が倒された事件である。

 同年2月7日衆議院本会議で、政友会の岡本一巳が台湾銀行の所有株売却に関し政府を追及したことをきっかけに、検察が乗り出し、前閣僚や大蔵省幹部、財界人ら16人が逮捕、起訴された事件である。

 鳩山文部大臣らが議会で追及され、マスコミで批判を受け、鳩山文相は辞任する。逮捕された高木帝人社長が検察の追求に抗しきれず、「虚偽の自白」を強いられ、一大疑獄事件が組み立てられた。5月19日に黒田大蔵次官が起訴され、高橋是清蔵相の進退まで及び、7月3日、小山司法相が「現職大臣の起訴もあり得る」と閣議で報告、齋藤内閣は総辞職した。その後、わが国は急速に軍事国家体制となり、先の大戦へと突き進んで甚大な犠牲者を生み出し、国民は奈落の底を見たのである。

 この事件の背後には、軍部と検察が当時の齋藤内閣が満州問題をめぐって国際的孤立を是正し、軍部の力の拡大を抑えようとしたための倒閣であった。事件は、足かけ4年がかりで266回にわたり公判が行われた。公判で、藤沼庄平警視総監が「起訴は司法省・行政局長の塩野季彦が内閣倒壊の目的を持って仕組んだ陰謀だった」と証言したことから真相が判明した。判決は、「被告人全員無罪、証拠十分にあらず、犯罪の事実なきなり」ということであった。軍部が司法省のドン、平沼騏一郎に働きかけたといわれ、後世「検察ファッショ」と呼ばれ、近代国家の汚点であるとさえいわれている。

 

〈小沢氏の西松事件・陸山会事件との比較〉 新憲法下、平成21年3月から始まった小沢一郎(当時民主党代表)の西松事件や陸山会事件(以下、小沢事件)の背景や展開を検証して、「帝国人絹事件」と比較すると、問題の本質が見える。

(1)事件の背景 「帝国人絹事件」の背景は、軍部と検察が共謀して齋藤内閣の国際協調による軍部の力の拡大を抑えようとした方針に対する倒閣運動であった。小沢事件の背景は、当時麻生政権(自公連立)が、民主党への政権交代を阻止するため、当時民主党代表であった小沢一郎氏の政治資金をめぐり、内閣の指示(?)で検察が行った「政治捜査」であった。麻生首相→森法相→漆間内閣官房副長官→樋渡検事総長の主導で行われたものである。私は森英介元法相から直接・間接の言動による傍証証拠をもっている。両事件とも、議会民主政治を否定する「政治捜査」であることで共通する。小沢氏を政界から排除することで、わが国の政治は劣化を極めている。

(2)捜査の展開 「帝国人絹事件」は高木帝人社長が追い詰められ「虚偽の自白」を行い、一大疑獄事件に組み立てられた。前閣僚や官僚、財界人ら16名が逮捕起訴された。取り調べにあたった黒木検事は「俺たちが天下を是正しなければ、いつまで経っても世の中はきれいにならない」と豪語したといわれている。「小沢事件」は、小沢氏への裏金を立件するため、政治資金収支報告虚偽記載の容疑で、国会議員の元秘書と秘書二名を逮捕までして起訴した。小沢氏は虚偽記載の共謀で捜査されたが、不起訴となった。この種の収支報告書で強制捜査が行われたのは始めてであった。検察の狙いは、ゼネコンから小沢氏へ渡したとされる「裏金」を立件することであった。そのため捜査範囲を全国へ拡げ、約50社に対し、任意、強制を問わず徹底的な取調べを繰り返した。しかし、事情聴取を受けたゼネコンの関係者は、『たった一人』を除いて、全員がこれを否定した。この段階で特捜部の見込み捜査は大きく揺らいだのだが、その『たった一人』が水谷建設の川村社長であった。当時ゼネコン業界ではこんな話が出ていた。それは水谷建設の川村社長には個人的に金銭問題があったというもの。親しい女性にお金を渡したり、ギャンブルの精算費用を捻出するために会社のお金を利用していたとのこと。その際、政治家の名前を経理担当者に告げて、「裏金を●●先生に渡す。領収書はもらえないよ」といって、会社の口座から現金を出金させていたらしいとの噂である。そしてこの川村社長ただ一人が、「小沢氏の秘書に裏金を渡した」と証言したのである。秘書を取り調べた検事について不正違法な行為があったことは、当初から知られていた。検事の捜査に協力しないとして、秘書に「小沢が不起訴になっても検察審査会の強制起訴がある」との恐喝的発言もあった。結局、特捜部は小沢氏の不正を立件できるだけの、証拠も証人も集められるはずもなく、嫌疑不十分により不起訴を決定した。しかし、特捜検事の予言どおり、法改正によって「強制起訴権」を得た東京第五検察審査会により、この事件は「不起訴不当」とされ、指定弁護士によって小沢氏は起訴されたのである。さらに、小沢氏を「強制起訴」に追い込んだ検察審査会の人々は、「良識ある一般市民」ではなかった。なぜなら審査請求・審査員の選任、補助弁護人の選任、審査の実体、検察側の資料提出や、説明等々が適法に行われたかどうか、議決の効力は法定手続きからいって「無効」ではないのか等、数々の重大な疑惑が発覚している。さらに深刻な問題は、政権交代した民主党政権の有力閣僚が、最高裁や法務省のスキャンダルを握りつぶし、その「貸し」を利用して、「小沢元代表排斥計画」に持ち込んだという情報がある。この情報は目下のところ、精査中ではあるが、さまざまな情況証拠が整いつつある。当然この問題は国会で追及されるべきであるが、明らかになれば「帝国人絹事件」とは比較にならないほどの議会民主政治を崩壊させる歴史的不祥事である。立法・行政・司法という国家統治の3権が、談合・癒着して法治国家を冒涜する行為である。国民の国家統治への不信は計り知れなくなった。

(3)公判の状況 「帝国人絹事件」では、藤沼庄平警視総監が公判で「起訴は司法省・行政局長の塩野季彦が内閣倒壊の目的を持って仕組んだ陰謀だった」と証言したことから事件の真相が判明。判決は16人全員無罪となった。では「小沢事件」はどうか。元秘書3名が一審判決で「有罪」とされた。政治資金報告書の出納帳への記載時期がずれていたことを「虚偽記載」とされたのである。日本を代表する会計学の権威が、実務としては「これは虚偽ではなく、むしろこの記載時期の方が正しい」と証言したにもかかわらずである。さらに驚くべきは、水谷建設からの裏金について証拠も示さず「あったと推認される」と判示した。おかしなことに、それに対する罪は問わなかった。ちなみに、この「裏金」については特捜部でさえ立件を求めていない。これに対し、多くの国民から「法と証拠にもとづかない裁判」で「裁判官の暴走」との批判が噴出した。当然、3名は直ちに控訴した。小沢氏の強制起訴裁判は、昨年10月6日から公判が始まり、3月9日論告求刑、3月19日最終弁論、4月26日判決の予定である。公判の中で、我々が想定した以上の検察の不祥事が判明した。大善裁判長は2月27日の公判で石川元秘書の供述調書の大半を証拠として採用することを却下した。その中には田代検事が捏造した疑惑のある検察審査会の強制起訴の前提となる資料があった。「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」(代表・八木啓代氏)の告発もあり、検察側が田代問題を調査中である。大善裁判長をして、田代検事らの取り調べに、利益誘導や不適切なものがあり、「個人的なものではなく、検察の組織的なもの」と断定している。また、応援捜査で参加していた大阪地検特捜部の前田元検事は、この公判において「非常に重要な証言」をするに至る。「小沢氏への裏金提供の事実はない」と証言しているゼネコン関係者の調書、捜査報告書、捜査メモなどがあったとしたのである。さらに当時、東京地検特捜部の検事たちの大勢は、「小沢事件に関して厭戦ムードが漂っており、上層部だけが立件へ強い意欲を示していた」。つまり「検察上層部からの強い圧力」があったことを示唆したのである。小沢弁護団は公訴棄却を主張している。しかし、前田元検事の証言は、帝国人絹事件における藤沼庄平警視総監ほどの重みを持つまでに至っていない。「小沢事件」の公判を通じて噴出した検察や裁判所のあり方について、国民的批判が沸き上がる中で、最高裁事務総局が発注した「検察審査員選定ソフト」の談合疑惑や、裏金づくりが報道されるようになってきた。本来であれば、その権能を発揮すべき国会が機能不全に陥っており、国民はわが国の統治機構に強い不信を持つまでに至っている。

 

(笠間検事総長が日本の統治機構を建て直す『鍵』をもっている)


 「検察が健全でないと日本の社会正義は揺らぐ。検察官は、世の中の人々に嫌われながら苦労している。平野君、どうか検察の仕事を理解してやってくれ」。これは昭和46年7月の上旬、病床に伏していた私の人生の師、元法務大臣・元衆議院議長、前尾繁三郎氏の遺言である。

 私は衆議院事務局退職後、12年間参議院議員を勤めたが、約11年間は前尾先生の遺言を生かすべく、法務委員会に所属し、司法改革を中心に法務・検察・司法行政に尽力してきた。今、私は前尾先生が逝去された76歳と同じ年齢となった。「村木事件」や「小沢事件」など、最近の司法・検察の実態を考えるに、自分の人生が何であったのか、自責の念に堪えかねている。

 漏れ聞くところによると、笠間検事総長が現在の検察界では最も高い見識を持つ人物とのこと。検事総長に就任されるまでに、さまざまな不正義と闘い、現場から叩き上げてここまできた良識の人との評判である。仄聞によれば、部下からの信任も厚く、人の痛みがわかる大物検事であるとのこと。さらに、大きな病気を克服され、その闘病生活中も検察の健全化を憂い、否認事件には慎重な姿勢を持ち続けてこられたことも重々承知しており、私は国民の一人として心から敬意を表している。

 このままの検察・司法を続けるなら、わが国は再び奈落の底に落ち、国民に塗炭の苦しみを強いることは必定である。笠間検事総長の崇高な見識が、日本を再生させる礎となることを確信しているのは私ひとりではない。検察が持つ、本来の社会正義確立への義務を果たすことは多くの国民の願いであり、私の生涯をかけた、議会民主政治確立への道であることも改めて訴えて、今号の筆を置きたい。

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