「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―104

日本一新の会・代表 平野貞夫妙観

 

◯ 不思議な国の不思議な民主主義


 日本という国はまことに不思議な国である。「民主主義(デモクラシー)」という言葉が、使う人の判断で勝手に使われているので、社会に害毒が流れている。定義が複雑なせいかもしれないが、原点を考える必要がある。デモクラシーの語源は、ギリシャ語のDemokratiaであり、Demos(人民)とKratia(権力)を結合したものである。従って、始めから「人民の権力」という意味である。ところが、明治期の日本では、このデモクラシー(原語―デモクラティア)を「民主主義」と訳した。「これは誤訳だ」と主張しているのは、日本人ではただ一人、私だけだ。


 デモクラシーを民主主義と訳したのは、多分、福沢諭吉先生と思う。慶大教授・故江藤淳氏が元気なとき、この意見を酒の席で言ったところ大変叱られた思い出がある。理由は「民主」という言葉の語源にある。広辞苑を開いてみると、【民主】「中国では古く、民の主すなわち君主の意に用いた」とある。正確を期すためにもうひとつ例示しよう。小学館の国語大辞典(全十巻)には、【民主】「人民の支配者、君主」とあり、これはよりわかりやすい。つまり、語源論でいうと「民主主義=君主主義」となる。干支の語源を考察した「十二支攷」(思文閣・全六巻)を著し、語源学者としても知られている元衆議院議長前尾繁三郎先生の、不肖の弟子を自任する私には看過できない問題だ。言語には「言霊」がある。ユングの「深層心理学」と、毛沢東の「矛盾論・実践論」で政治を分析・運営してきた私にとって、語源は、物事や事象の本質に影響を与えるものだと確信している。


 平成18年4月、小沢一郎氏が民主党代表に就任したとき、「民主」の語源を説明して党名を変更するよう進言したことがある。「鳩山君が好きな言葉だから・・・」と遠慮していたが、私は「民守党」を薦めた。

 わが国の120年にわたる議会史で「民主党」という名の政党が、日本国のデモクラシーの発展に役だったことはただの一度もない。むしろ、政治を混乱させる主役が「民主」という名称を使った政党であった、といえば皆さんも納得いくだろう。これは語源・言霊論の考え方、歴史的集合的無意識論からいえば当然の結果である。政権交代した民主党政権が、だんだん狂っていくのは語源論的必然性があると言っておきたい。


 前口上が長くなって申し訳ない。そこで『日本流民主主義』の問題点について、最近の二つの珍事を採りあげ、具体的課題を提起したい。

 

(朝日社説「小沢流 民主主義が泣いている」の問題点)


 朝日新聞の販売部数が、ここ2~3年相当に落ち込んだようだ。都内や関西のビジネスホテルには、大量の無償紙が山積みされているという。その原因の一つに政治関係の社説がある。私は「メルマガ・日本一新」22号(平成22年10月9日発行)で、朝日新聞不買運動を提唱したが、これに経営陣が気づいていないようだ。4月4日(水)の社説「小沢流 民主主義が泣いている」は、何を目的に書いたのか。デモクラシーの本質に無知で、国民を惑わす論説委員など、即刻首にすべきだ。


 民主党にとって、民主主義を守るという最大の課題は、先の総選挙で国民と公約し、政権交代の原点となった理念や政策主張を遵守することである。人民がつくった権力、いわゆるデモクラシーによる権力であるからだ。それを「昨年の代表戦で、消費税増税を訴えた野田氏が勝ち、党首に就いた」ので、党内手続きを経て、党として「消費税増税」路線を明確にした。だから、「首相のやりたい消費税増税に協力することこそが、政党として守るべき党内民主主義の最低のルールである」などと、朝日の社説は主張している。


 党内民主主義を、政権負託というデモクラシーの原点より優位にしているところに問題がある。そもそも政党の決定というものは、国会で決定する国家意思とは性格が異なるものである。もっとも適切な国家意思を決めるために、政党間はもとより、政党内でも激論だけではなく、様々な状況での政治闘争が行われるのは当然のことである。


 まして、国民の命を削る「消費税増税」という、政権交代のマニフェストで「任期中は行わない」と国民と約束した最重要課題を、財務省のマインドコントロールと巨大メディア、財界の工作でさまざまな三百代言をつらねて強行しようとする野田首相こそ、デモクラシーの本質を冒涜するものである。それを朝日新聞は社論として「結論が不満だからといって、あえて党内に混乱を持ち込むやり方は、筋が通らない。これでは民主主義が泣く」と天下に公言するのだから、どうなっているのか。これではデモクラシーの本質が泣く話だ。


 「消費税増税反対」の思想と論理が形式的で、国民生活がどう困るのか、財政正常化にどう逆行するのか、将来の安心・安定のため国民の負担をどうすべきか、そのため国家の構造をどう改革すべきかなど、根本となる議論がなされていないことは私も認める。その為にはもっと混乱してもよい。それが真の「人民がつくった権力」というデモクラシーだ。党内手続きの民主主義なんか、気の弱い独裁者の迷いごとだ。


 ところが不思議なことに、朝日社説が出た翌々日、社説と並ぶ「声欄」に「社説は厳しく政府の監視を」という、社説を厳しく批判した投書が掲載されていて驚いた。誠に不思議な新聞と感じたが、編集に一貫性がないのか、真っ当な編集者が僅かでもいるのか、それとも、どこかの党に倣って、社内の良識派と非良識派の社内闘争が行われているのか、まだ見えてこない。第二次の、大々的朝日新聞不買運動を「日本一新の会」として呼びかけるつもりであったが、しばし状況をみることにした。

 

(政権離脱をめぐる国民新党の混乱に見る政党政治と国家の危機)


 3月30日(金)、野田内閣が「消費税増税法案」を閣議決定する際、国民新党が連立政権から離脱するかどうかで混乱し、結果として政権離脱を主張した亀井静香代表と亀井亜紀子政調会長が離党ということで決着した。この問題は、「消費税増税法案の閣議決定手続きが法的に有効かどうかの疑惑である。これは国会で十分追及して欲しい」と前回号で主張しておいたが、ほとんど追求らしいこともなくウヤムヤとなった。

 この事件は、近代議会政治の主役である政党のあり方が、如何に危機的であるかを表す重大な問題を含んでいるにもかかわらず、本質的なことがほとんど論議されていない。「デモクラシー」の基本問題であるのに、『国権の最高機関』が放置していることに危機を感じる。


 国民新党は結党以来、小泉郵政改革に反対するとともに、「消費税増税」に反対してきた政党である。さらに、民主党との連立政権合意で「消費税増税は行わない」との約束があり、亀井代表が連立離脱を主張することは、デモクラシーの基本からいっても、国民からの信託をうけたことを生かす当然の筋である。また、国民新党に政党としての規約など、不備であったことも事実である。8人の国会議員の多数決で、代表解任など、あらゆることを決めることが果たして真のデモクラシーといえるのか。背景では、『野田政権による相当の〝裏工作〟があった』といわれているが、政治とは、国民との約束が活動の原点であるはずだ。


 新聞論調などは、8人の国会議員中、6人が連立離脱しないとの意見だから、これが党内民主主義であり連立継続は正当だ、と主張している。ならば、ヒットラーが民主的方法で選出されて独裁政治を行い、第二次世界大戦を引き起こしたのも正当だというのか。


 デモクラシーに質を問うことは難しいことだが、デモクラシーに倫理観や理性を求めることはできる。否、デモクラシーでも、日本で定着した民主主義でも、それに参加する人々が倫理観を忘れ、理性を喪失すれば国家社会はどうなるのか、多くの日本人はその歴史すら忘れたようだ。


 消費税増税法案をめぐる民主党内の混乱や、国民新党の政権離脱騒動、そして巨大メディアの論調をみるに、日本の国もそうとうに危険水域に入ったと言える。

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