「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―141

                                   日本一新の会・代表 平野貞夫妙観

 ○ 激動の平成24年を振り返る!

 12月26日(水)召集された特別国会で、第46回衆議院総選挙の結果を受けて、第2次安倍内閣が発足した。自民・公明の連立政権だが、維新の会やみんなの党は政策によって協力するとの方針である。激減した民主党は、消費税増税にともなう「民自公の3党合意」があるので、これには協力することになろうが、総選挙中の国民を忘れた狂気さが残っており、複雑な国会運営となろう。安倍内閣に望みたいのは「民衆の福寿と安寧を守る政治」を行って欲しいものだが、どうなることか。

(民主党の壊滅的崩壊の原因は何か)

 平成21年8月30日の総選挙で、民主党は衆議院に308議席を得て、自民党と歴史的政権交代を行った。鳩山首相のもと、社民党・国民新党との連立政権であった。それが3年4ヶ月目の総選挙で、57議席と壊滅的に激減した。政権交代の時には誰もが予想しなかったことである。その原因について、マニフェスト(選挙公約)問題をはじめ、識者たちが議論をつくしているが、あまりにも馬鹿馬鹿しいので深入りはしない。一点だけ触れておきたいのは、議会民主政治における政党や政治家の「統治能力」の問題である。民主党にとって致命的欠陥があった。

 平成19年7月の参議院通常選挙で、民主党が勝利し、政権交代の道筋が見えてきた頃、当時の小沢代表に指示されて「政権を担当した時の心構え」について、菅代表代行に説明し議論したことがある。その頃、菅さんは英国の内閣制度を参考にすべく、スタッフと研究を重ねていた。私が進言したのは「外国のやり方を参考にするのは限界がある。政権を担当する人間の『統治能力(ガバナビリティ)』とは何かを勉強しておくことが大事だ」と言ったことがある。

 私の進言の要点は、①統治能力とは党や政治家が、公的・私的組織や、国民を管理・支配、従わせる能力だと教科書には書かれている。②それを成功させるために、Governabilityの語源が参考になる。それには「自己抑制」という意味があり、これが大切で、民主党が政権に就いたとき、「戦略的自己抑制」という発想で政治に当たるべきで、これを研究しておくべきだ。③多数決原理には限界があることを知るべきだ。少数者の権利に配慮するためにも「戦略的自己抑制」が必要で、これを理解すれば統治能力が適切に発揮できる、というものだった。


 菅さんは私の進言をまったく理解せず、「国家戦略局」とか、英国の内閣機能の形だけに興味を持っていた。菅政権となって「議会政治は時間を限定した独裁主義だ」と言いだした時には、民主党政権は長く続かないと思った。議会民主政治で政権を担当するには、「戦略的自己抑制」をどう機能させるか否かで、政治の質や政権担当者の評価が決まる。

 野田政権になって「決断の政治」を売り物とした。「決めてはならないことを決断」して失敗したのが、消費税増税であり、年末の衆議院解散であった。しかも、自己の思想信条と関係なく、財務官僚やそのOBたちに唆されての決断であった。こうなると政治家の資質というよりも、人間としての資質の問題である。民主党崩壊の原因は、こういう人物をトップリーダーにするという、政党の構造や性質にあった。

(20世紀的政治文化の終わりの始まり)
 
 21世紀となって四半世紀となる。私は半世紀を超えて政治の中で生きてきた。今回の第46回衆議院総選挙ほど日本の政治劣化を見たことはない。それは巨大メディアの作為的政治謀略を多くの有権者が見抜けなかったことだ。昨年の東日本大震災・福島第一原発事故という大惨事を経験した日本人の、政治への意識が変わったと私は確信していた。確かに意識を向上させた人も多くいた。しかし、その人々を政治的に統合すべき政治の側や政党に問題があった。

 私が承知していることは、「3・11」の悲劇を通じて自分たちで政治を動かそうという人々が、誕生したばかりの「未来の党」のために、自分を犠牲にして奉仕する様子を各地で見聞きした。多くは当選に至らなかったが、この人々の志と活動がこれからの日本の政治浄化や向上の鍵になると確信した。一方で、巨大メディアの誘導により政治不信の穴に落ち、投票権を放棄した人たちも多く、民衆がつくる政治の難しさを解決することが今後の課題だ。

 政治に関わって以来、私の意識の原点から離れないのは、政治を動かす本質は何かという問題である。人間の論理でも感情でもない。物理的力や精神力だけでもない。言葉に表せない奇妙な存在があるのではないか、という想定である。深層心理学にいう人間の「集合的無意識」なのか、もっといえば歴史の背後を動かす「天命」なのか、とにかく「人智を超える力」のようなものを感じざるを得ない。

 年内に総選挙必死といわれたこの年明けに、民主党の壊滅的崩壊を予想した人はいなかった。またこの時期、安倍晋三氏が自民党総裁選に再挑戦して勝利し、総選挙で圧勝することを想定した人もいなかった。このポリティカル・ダイナミックスをつくったのは誰か。それは「天命」によるとしかいいようがない。「天命」が民主党を崩壊させたのは、21世紀も24年を過ぎても、20世紀の政治文化を引きずって、その欠点を改めようとしない民主党を政治の中心から後退させることが目的であったと思う。

 それでは、民主党より問題のある20世紀の政治文化で生きのびてきた安倍自民党を、ここまで圧勝させ政権に就けた「天命」には矛盾があるのではないか、と文句が出よう。これが「天命のポリティカル・パラドックス」というものだ。「天命」は安倍自民党に永遠の勝利を与えたものではない。総選挙の投票構造をみても、健全な形で国民の支持を得たものではない。「天命」の意思は「自民党よ、20世紀の政治や政策で日本がやっていけるのか」という宿題を負わせたのである。自民党を崩壊させるための圧勝であったともいえる。

 安倍自民党総裁は、首相就任を待たず、「アベノミックス」という不況対策の帆を拡げ、マネーゲーム資本主義で経済を成長させる方向を決めた。20世紀に成功した土木公共事業による不況対策を看板に掲げた。世界的規模で社会・経済構造が変質した21世紀に通用するはずがない。「アベノミックス」の行先は、さらなる格差社会であることは、常識のある人間ならわかっているはずだ。「天命」は、安倍自公政権に「20世紀政治文化の終焉」を期待しているのかも知れない。

 先の総選挙では、ほとんど議論にならなかったのが21世紀の資本主義のあり方である。「命と暮らしを守る政治」の実現は、マネーゲーム資本主義では不可能であること。そして原発をエネルギーとする資本主義では人々の生命と健康は守れないこと。これが、21世紀に創造すべき「国民資本主義」の原点である。その小さな芽は、今回の総選挙を通じて「天命」によって仕込まれているのではないか。
                                                     (了)


 この一年、「メルマガ・日本一新」をご愛読いただき、ありがとうございました。また、維持会員として格別のご助力をいただいた方々には、衷心より感謝を申し上げます。

 生涯を「議会民主政治」の確立に注いできたひとりとして、今年の賀状には「あの世に行く準備の年」と書きました。しかし、表題に書きましたように、予想だにせぬ「激動の平成24年」となり、民主党のみならず、現下の政治には怒りを憶えるとともに、後期高齢者の身にありながらも、まだまだという想いが募る年の瀬となってしまいました。

 迎えます新年も、「メルマガ・日本一新」を通じて、皆さんとの対話を絶やさず、一人一人の国民が、安寧に暮らせる政治をつくり出すために微力を尽くしたいと思いますので、引き続きのご支援をよろしくお願い申し上げます。 

  人々の 福寿は遠く 年を越す
        

追記
 ☆本号は無限拡散希望につき、転載許諾を必要としませんので、お取り扱いを
   よろしくお願い申し上げます。
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