「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―151

                                   日本一新の会・代表 平野貞夫妙観

 ○ 「小沢問題」にみるデモクラシーの現実!

 「デモクラシー」を広辞苑(岩波書店)で覗くと「民主主義・民主政体」とある。民主主義(democracy)の説明として、「語源はギリシャ語のdemokratiaで、demos(人民)とkratia(権力)とを結合したもの。すなわち人民が権力を所有し、権力を自ら行使する立場をいう。古代ギリシャの都市国家に行われたものを初めとし、近世に至って市民革命を起した欧米諸国に勃興。基本的人権・自由権・平等権あるいは多数決原理・法治主義などがその主たる属性であり、また、その実現が要請される」と書いてある。

 現在のわが国は、世界に誇るべき憲法をもち、自他共に民主主義国家として認められている。その日本で丁度四年前に起こったのが「小沢問題」であった。半年以内の総選挙で政権交代が確実とみられ、次の首相となる可能性の高い小沢一郎民主党代表を、検察は何の証拠もなく強制捜査した。不起訴であったが、国家権力は検察審査会などあらゆる手を尽くし、小沢氏を有罪にしようと企てたが、第二審で無罪が決定した。冤罪・無実であったが「小沢排除」は成就した。戦前の「帝人事件」と同じ構図が繰り返されたが、これでデモクラシー・民主主義国家といえるであろうか。

 どう考えても「小沢問題」は、基本的人権・自由権・平等権・法治主義などに適ったものではない。私たちは「デモクラシー」に対する幻想と現実をよく検証する必要がある。


(チャーチルのデモクラシーへの警告)

 イギリス戦時内閣の首相としてイギリス国民を指導し、第二次世界大戦を勝利に導いたウィンストン・チャーチルは、「デモクラシー」について厳しい言葉を発信している。「デモクラシーは最悪の政治形態ということができる。ただし、これまでに試みられてきたデモクラシー以外のあらゆる政治形態を除けば・・・」。チャーチルはデモクラシーを否定しているのではない。最悪の政治形態ではあるが、これまでのあらゆる政治形態に比べれば、人類はこの政治形態しか知らないのだ、という意味だと思う。チャーチルは、デモクラシーのもつ幻想に危険なものを感じ、人間が営む政治の現実を直視した警告といえる。

 近代デモクラシーを教科書的にいえば、市民革命を通じて、「自由・平等・人権」や「多数決原理・法治主義」等々の実現を目指す政治形態として生まれたものである。大事なことは、デモクラシーの政治形態を憲法に規定しても、その内容が実行される保証はない。制度は幻想であり、現実は、人間という欲望と利害で争う動物によって堕落していくからである。

 ドイツのアドルフ・ヒットラーは近代デモクラシーの信条を形骸化して、その論理的方法を活用することで、独裁政治を成功させたといえる。従って近代デモクラシー体制でも、それを運用・活用する人間によっては「人民による、人民のための、人民の政治」の実現はできないのである。「デモクラシー」とは、それに参加する人間が、善良な人格の常識ある人たちであることを前提としている。ところが人間社会の現実はそうではない。


《以下 割愛》

★追記
 2012年9月度より、会員用発行記事については、3割レベルの転載に成りました。
 情報掲示としては、少なく成りますが、ブログとして一部転載を継続して行きます。
 尚、会員には、会員用ブログと全文のPDF、事務局コメントがメール配信されております。
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

nipponissin1

Author:nipponissin1
   代    表 : 平野 貞夫
   顧    問 : 戸田 邦司
   事 務 局 : 大島 楯臣

カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
動画
 
最新記事
リンク
一新のトランク
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
Translation Tools
QRコード
QR
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!
Powered By FC2ブログ