「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

◎「日本一新運動」の原点―161

日本一新の会・代表 平野貞夫妙観

 

〇 憲法改正論議の前に知っておくべきこと!


 まず、私の憲法に対する基本姿勢を述べておきたい。平成12年1月、衆参両議院に憲法調査会が設置され、2月16日、第1回の参議院憲法調査会が開かれた。各会派が意見を述べ合った時、私は次のように発言した。「現在のわが国は、大きく流動化し衰退しております。(中略)私たちは、21世紀を迎えるにあたって、新しい国家目標を立て、昭和憲法の基本原理である平和主義、国民主権、基本的人権を継承、発展させながら新しい憲法をつくることが、日本の再生のカギであると思っています。規律のない市場経済、場当たりの社会保障、まやかしの平和主義を反省して、新しい国づくりのために〝憲法文化〟を大いに議論しよう。」(要旨) 

 そういうことで策定したのが、『日本一新 新しい憲法を創る基本方針』(平成12年12月13日 自由党)である。「メルマガ・日本一新」でも概要を紹介したが、内容として不十分でありこれからの研鑽が必要と思う。

 昨年暮れの総選挙で安倍自公政権に交代するや、憲法改正論が突如として騒がしくなった。21世紀の新しい国づくりを目指して、真摯な国民的憲法論議は大いに歓迎する。しかし、過去の不毛な憲法九条をめぐる改憲対護憲という議論を繰り返していては日本に未来はない。

 今回の安倍首相が先頭を切って突っ走る「第9条改正を狙いとする、第96条(改正手続)の改正論」は、これまでの不毛な改憲・護憲論より問題が深刻だ。東日本大震災・福島原発事故の惨状をそのままにし、東アジアの緊張にも配慮せず、憲法改正手続の改正を先行させる政治的意図に、危機を感じる。そこで、憲法改正論議を真摯なものに戻すため、これだけは知ってもらいたい事柄を、いくつか述べておきたい。

 

(憲法改正には限界がある!)


 普通の法律の制定・及び改正には憲法に違反しないという限界がある。同じように憲法の中にある基本原理が、憲法の他の内容の根拠となったり、規制している場合がある。人類普遍の原理である、①国民主権、②基本的人権、③平和主義、の3原理を定めた部分は改正の限界といえる。

 問題は「平和主義」である。憲法制定の実務責任者で、その後、著名な憲法学者として活躍した佐藤功氏は、第9条の改正の限界について次のように述べている。

「平和主義の原理を否定することも、改正の限界外にあると考えるべきである(第9条1項が戦争を「永久」に放棄するとしていることも、この趣旨を示したものと解される。第九条二項の戦力不保持の部分については、この部分は1項とは別であるとし、改正しうると解する見解と、この部分も1項と不可分であり、かつ、この憲法の平和主義の特色はむしろ2項にあると見るべきであるとし、改正の限界外であると解する見解とが対立する。・・・1項にとどまることなく、特に2項を設けたことに特別の積極的意義があるとする立場に立つ限り、後者の見解を正当とすべきである)。

(佐藤功著・ポケット註釈全書 憲法(下)新版)

 この佐藤氏の見解に、いろいろ意見はあると思うが、この理論を知らずに第九条の改正を論じるべきではないと思う。なお「憲法改正手続」は、改正の限界外であるという理論が、外国の学説にあることも知っておくべきことである。

 

〇 内閣は国会に「憲法改正原案」を提出できるかどうか学説は分かれている!


 憲法改正原案について内閣に提出権があるのかどうか、憲法制定時(昭和21年11月)から憲法学者の中で論争があった。内閣に提出権はないとする説は、憲法第72条「内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する」の中に、「憲法改正原案や法律案が明記されていない」ことを理由とする主張である。、 

 昭和22年の内閣法制定で、第5条に「内閣総理大臣は、内閣を代表して内閣提出の法律案、予算その他の議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告する」と規定して補完した。これに順じて「憲法改正原案」も内閣に提出権ありとの論を主張するようになった。しかし、憲法学者の中には、第96条の「国会がこれを発議し」と特に定めていることから、内閣には憲法改正原案を国会に提出する権能を認めないことを意味すると、厳格に解釈する意見がある。

 これは重要な問題である。平成19年に「憲法改正国民投票法」制定の時、国会法を改正して、憲法改正原案の発議の賛成者数(衆議院100名、参議院50名)を規定した際、内閣の提出権については特に規定しなかった経緯がある。私の意見は、内閣に提出権があるとすれば、明文の規定を設けるべきだと思う。仮に憲法の解釈で内閣に提出権ありとする学説を採用するなら、その解釈権は国会にある。衆参両議院でしかるべき手続で対応すべきことである。

 最近、改正原案の発議権がない安倍首相が、憲法第96条の先行改正を興奮状態で頻繁に公言している。首相としての影響力を利用して発言していることが明らかであり、憲法無視といえる。さらにその論拠として「国民の過半数が憲法を改正したいとの意思を、国会両議院の3分の1超の議員が妨害できる制度は常識的でない」と明言しているが、憲法前文の冒頭に「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、・・・・・」と明記していることを理解していないようだ。理解した上での発言なら、憲法前文を冒涜したものだ。

 直接民主主義のリスクを、代表制民主主義で調整することが、日本国憲法の基本原理である。これを常識的でないと否定するなら、憲法第99条の「憲法尊重・擁護の義務違反」として、国会で追及すべき問題である。

 

〇 改正手続の憲法第96条だけを改正するのは憲法政治の破壊である!


 今年の憲法記念日は、久しぶりに憲法学者の立派な見識にふれた。ひとつは、石川健治東大教授の『憲法はいま』(朝日新聞オピニオン5月3日)である。見出しには『立憲国家への反逆に動く政治家たち 真に戦慄すべき事態』とあり、第96条先行の憲法改正にうつつをぬかす議会政治家たちの言動を、「立憲国家としての日本の根幹に対する反逆であり〝革命〟にほかならない。打ち倒そうとしているのは内閣総理大臣をはじめ多数の国会議員である」と警告し「護憲・改憲の立場の相違を超えて、協働して抑止されるべき事態であろう」とも提言している。

 もう一つは、小林節慶大教授の5月4日の朝日新聞でのコメントである。「私は9条改正を訴える改憲論者だ」とことわったうえで、第96条先行改憲論者に対して「憲法の危機だ。権力者は常に堕落する危険があり、歴史の曲がり角で国民が深く納得した憲法で権力を抑えるというのが立憲主義だ」と論じ、「立憲主義や〝法の支配〟を知らなすぎる。改憲への〝裏口入学〟で、邪道だ」と断じている。小林教授は新進党時代(平成7年頃)、憲法顧問として活躍してもらった。私も小林ゼミに呼ばれて「国会と憲法」を話したこともある。第96条の先行改正については、石川・小林両教授の主張のとおりである。

 国会議員を含め、司法・行政にわたる官僚、マス・メディアで活躍している有識者で、法律の専門的教育を受けている人ほど、立憲主義とか法の支配という民主主義の精神というか、理念・感性といったことに関心がない。形式論理とか手続が仕事だと考えている。そういう法文化や政治文化の中で捏造されたのが、「小沢陸山会事件」であった。

 私が32年間勤めた衆議院事務局というところは、国会関係の憲法解釈や運用の事務を担当するところであった。最高裁が「政治行為」を審理の対象にしないという憲法慣行があるからだ。当時の与野党の国会議員は、自己の政治行動を常に憲法の原理の中で考えていた。昭和時代には、憲法改正手続の第96条を先行させて改正する論など「ブラック・ユーモア」でしかなかった。特定の政治目的のため、硬性憲法という基本性格を変えようという政治発想は、もはや憲法政治とはいえない。

 聞くところによると、憲法第96条先行改正に賛成する国会議員が、夏の参議院選挙で3分の2を超える可能性があるとのこと。衆議院では既に満たされている。情報通りにこれが実現すると、いよいよ昭和初期とそっくりとなる。憲法第九十六条改正は、天皇機関説事件(昭和10年)と同じように、憲法政治の破壊となる予感がしてならない。

☆本号は無償版につき、転載自由です。

 

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