「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点-25

「日本一新運動」の原点-25                  日本一新の会・代表 平野 貞夫

○日本の病根は深くて危機的状況だ!

 10月22日(金)、東京高裁は小沢弁護団からの抗告を棄却した。前日に抗告したものを、間髪を容れず翌日の正午過ぎに棄却すると言うことは、まともに審理していないといえる。棄却の理由は東京地裁と同様で、「行政訴訟に馴染まないので裁判で争ってくれ」というものだ。

 東京地裁や高裁の法的判断に対する問題点は後で論じるとして、小沢一郎という政治家が何故に、日本の旧体制に嫌われ政界から排除されようとするのかを考えてみたい。そこに日本の病根の深さがある。

(小沢一郎の政治信条)

 9月の代表選でも発言していたが、小沢氏は政治活動の原点を「戦後民主主義の誤った内容を正したい」ということに置いている。誤った民主主義では国民は不幸となり国家社会は滅亡していくので、しっかりとした真実の民主主義社会をつくりたい、ということである。そこで小沢氏の政治信条を辿ると、日本の危機的状況の中で如何に小沢氏の発想が大事であるかが理解できる。

 まず、昭和44年(1969)12月に衆議院選挙に初出馬したときの選挙公約を紹介する。「現代の社会は多種多様化した欲望が生まれ、政治がこれに応えきれず、国民生活と遊離している。このために政治不信が生まれ、社会的に大きな混乱が起きている。さらに政治が無力化して官僚に政策決定を任せているため、生き生きとした政治が行われていない。このままでは、日本の行く末は暗澹たるものだ。こうした弊害をなくするため、まず官僚政治を打破し、政策決定を政治家の手に取り戻さなくてはならない。政治に新しい考えを取り入れ、浄化と刷新を行う」。

 この時期、わが国は高度経済成長の最盛期で、総選挙の3ヶ月後には大阪万博が開かれている。小沢氏はこの時すでに高度に成長した資本主義の矛盾に気がつき、政治が適切に機能せず官僚に政策決定を任せていることに、日本の将来をきわめて危惧している。要するに戦後の民主政治をきわめて憂慮しているのである。そのために官僚政治を打破し、政治の浄化と刷新を行って、真の民主政治の確立を宣言しているのである。

 小沢氏はその後、田中角栄氏の元で修行をすることになり、「金竹小」(金丸・竹下・小沢)の金権政治の枠に入れられる。小沢氏は「ロッキード事件」で刑事被告人となった田中元首相のすべてを知り、わが国に真の民主政治を確立することを政治目的とすることになる。

 小沢氏は平成元年(1989)8月、与党幹事長に就任すると同時に政治改革に着手するが、突発した湾岸紛争への対応や、都知事選挙の失敗で改革を実現することができなかった。

 その後『日本改造計画』を出版(平成5年5月)し、政治に臨む基本構想を世に出した。これは英訳本も出てミリオンセラーとなったが、その中に「民主主義は国民の自立から」という一文がある。要約すると、「民主主義の前提は、国民が自分の価値観を持ち、自分の判断で行動できる自立した個人であるということだ。この前提が日本人に欠けたままであり、アメリカ式の『戦後民主主義』が導入されても、実際には民主政治が根付かないまま現在に至っている。戦前の官僚組織が存続したなどの問題があるが、基本的には、国民の側に民主主義を実現する条件が揃っていなかったからだ」となるが、この出版には私も少なからず関わったことから、そのコンセプトは誰よりも承知している。

 真の民主主義の実現に政治生命を懸ける小沢氏は、自民党を離党した後、さまざまな政治展開の主役として活躍する。発想も「自立と共生」を新しい国づくりの理念とし、「公正な国・日本」をつくるため「国民一人ひとりが自立し、国家としても自立することを目指す」ことを政治理念としてきた。

(小沢氏が旧体制から排除される理由)

 小沢氏は日本人のあり方として「自立と責任、そして共生」を提唱し、政治運営や基本政策など、国づくりの基本としてきた。ところがわが国の旧体制の多数は、この小沢氏の政治信条を理解しようとはしなかった。その理由は、日本人の政治文化が、建前と本音を自分に都合よく使い分け、本音(個人的利害)を、理屈でもって建前(倫理や論理)として正当化するものであった。

 建前の世界と本音の世界は、本来は峻別されるべきものである。しかし、日本の社会では意図的に混同されている。その結果は矛盾の発生による混乱である。わが国では戦後の高度経済成長による豊かさがその矛盾を社会的に消化してきた。その方法が「談合政治」や、「馴れ合い政治」として社会に君臨し、率直にいえば国民の多くもそれを容認したし、また戦後の長期間にわたって続いている米国に依存している安全保障も、日本人の馴れ合い、甘えの社会心理を増長させている原因であった。

 この建前と本音のすり替えによる国家運営のノウハウは、官僚の得意とするところである。もちろん日本の政治家も経営者も、この官僚のノウハウの中で生きているのが実情である。新聞テレビもこの馴れ合いの中で生きている化物であり、小沢氏の「日本改造」の核心は、これを改革することであった。米ソ冷戦が終結し、資本主義が変質して高度経済成長が期待できなくなった21世紀の世界に生きるため、小沢氏の発想は日本にとって、どうしても必要な課題である。ところが、旧体制はこれを容認できず、自分たちが既得権で生き延びるためには「小沢排除」にどうしても拘るのである。


 現実にわが国で起こっている問題で、具体的に説明しておこう。

 先般の尖閣列島中国漁船問題だが、「国民生活と外交への配慮」を理由に、検察庁の那覇地検の判断で船長を保釈した。これをやるなら内閣が「指揮権発動」によって決断すべきである。仙谷官房長官らは検察の行為を法的に妥当と国会答弁した。本音と建前のすり替え解釈であり憲法違反である。これでは国際的信用も失う。菅内閣は民主政治の根幹である「自立と責任」を拒否しているといえる。

(違憲の強制起訴制度を放置してよいのか)

 10月26日付朝日新聞の『私の視点』に、元参議院法制局第三部長の播磨益夫氏が、注目する意見を述べている。「検察審査会の強制起訴議決は、起訴権限の乱用があっても内閣が憲法上の行政責任を取り得ない、取りようのない行政無責任の法制度といえる。三権分立の枠組みをはみ出し、違憲の疑いが濃厚だ」としている。この問題は立法権をもつ国会の責任であり、国会でまず議論すべきである。

 検察審査会に制度の不備があるとはいえ、国家行政組織法第8条の3による行政委員会であることは間違いないことだ。それを東京地裁は自己の都合で準司法機関と解釈して、小沢弁護団の行政訴訟を却下した。高裁もそれを追認したわけだが、これこそ本音と建前のレトリックで、裁判を受けるという権利を侵害したのである。これも憲法違反といえる。

 一方、政治レベルで国会対策のため、小沢氏を政治倫理審査会に呼ぶとか、証人喚問するといった筋違いの論議が行われている。それをやるなら国会がつくった違憲法律と、違憲の解釈運用を、国会の責任で正してからにすべきだ。国会でそういった議論が出てこないことが残念だ。民主政治確立のためには、国政調査権に限界はない。これが理解できないなら、国会議員の資格はない。

 何よりも責任があるのは、横路衆議院議長と西岡参議院議長である。両議長は立派な見識をもった人物と思っていたが、期待はずれだ。

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   顧    問 : 戸田 邦司
   事 務 局 : 大島 楯臣

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