「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

◎「日本一新運動」の原点―174

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇憲法夜話 4)帝国議会発足の混乱と珍事!

 

 明治22年(1889)2月11日、紀元節の日『大日本帝国憲法』は発布された。敗戦後の『日本国憲法』が公布されたのが昭和21年(1946)11月3日文化の日(明治節)であった。(施行は翌22年5月3日)。

 私は当時、国民学校五年生で親父から聞いた明治憲法発布の話を、今でも記憶している。祖父が時々話していたとのことで「土佐の足摺岬のほとんどの人は、憲法発布ということを、天皇様から絹の布をくださる」と理解していたとのこと。

 民衆の感覚として笑えない話だ。「絹の布」という捉え方が、新しい国家の貴重で大切なものという気持ちといえる。日本の民衆の憲法観の深層心理として興味のある話だ。

 

 明治憲法は文字通りの欽定憲法で、天皇の大権を中心とする内容であった。それでも制限されたとはいえ「公議政治」といえる議会政治を導入したことは、大きな成果であった。自由民権運動や国会開設運動で、活躍した植木枝盛が“民権田舎歌”で「民選議院を早く立て 憲法(おきて)を確かに定めしよ これは今日(きょうび)の急務じゃぞ」と唄ってから10年の歳月を要した。

 
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(了)

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