「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

◎「日本一新運動」の原点―180

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇憲法夜話 8)明治憲法での初めての衆議院解散と選挙大干渉

 

「市民が国家=資本家を監視するのが、市民革命以後の民主主義なのでしょうけど、20世紀末以降になると、高度に発達した株主資本主義によってその基本前提が崩されています」

 

 これはエコノミストとして知られている水野和夫氏の発言だ。(『資本主義という謎』大澤真幸氏との対談、NHK出版新書)正しい歴史観である。最近のわが国の議会民主政治を、この視点で分析するとよくわかる。

 いくら秀れた議会制度を持っていても、21世紀の劣化・変質した資本主義によって、本来の民主政治が機能しなくなることを、水野氏は指摘している。この問題を少しでも解決するためには、歴史に学ぶしかないが、明治の議会政治発足時の政治状況が参考になる。

 

(初めての衆議院解散)

 

 第1回議会は、薩摩と長州を中心とする「藩閥政府」対自由党や改進党を中心とする「民党」の対決であった。藩閥政府は、明治憲法下の第1回議会で、まったく想定外の「予算修正」で敗北した。民党は板垣退助(自由党)が大隈重信(改進党)を訪ね、ますますの協力団結を相談した。板垣が土佐藩、大隈が肥前藩で、かつての薩長土肥が分裂した形になった。

 

 第2回議会は、民党の団結という藩閥政府にとって都合の悪い状況で始まった。松方内閣は海軍の整備を中心に予算案を提出したが、議会は削減の議決をする。さらに、私鉄買収や鉄道整備費のための公費支出法案を否決。頭にきた海軍大臣・樺山資紀は衆議院本会議で「薩長政府とか何政府というても今日国家の安寧を保ち、四千万生霊(当時の日本の人口)の安全を保ったということは誰の功であるか(笑声罵声)。お笑いになるようなことでは御座いますまい」と“藩閥政府擁護論”をぶった。

 これを民党は「蛮勇演説」として糾弾した。議会対策に失敗した松方首相は、明治24年12月25日、「議会が憲法を勢力競争の愚と為し、其の国運を発達するに於いて殆ど慎重の顧念を欠くものの如し」と、天皇に奉請し、明治憲法第七条「天皇は衆議院の解散を命ず」により、初めての衆議院解散となった。

 

 松方首相が奉請した「議会が憲法を勢力競争の具に為し」とは、まさに議会政治の本旨であるが、当時の藩閥政治家はこのことがわからない。民党では当然の行為と毅然と政府を追及する。これが明治議会政治のスタートであった。

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