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「日本一新運動」の原点―193

                               日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観


〇 憲法夜話 11) 「政党」と「会派」はどこが違うのか!

 特定秘密保護法の成立を契機に、「みんなの党」が分裂した。衆議院議員9名、参議院議員6名、計15名の国会議員が「結いの党」を12月18日に結成した。

 ところが代表になった江田憲司氏と、先に離党していた柿沢未途氏だけが選挙区選出で他の議員は衆参いずれも比例選出である。そこで「みんなの党」側からクレームが付いた。「比例区選出議員は、みんなの党を支持する有権者の投票数によって選ばれたので、議員辞職をすべきだ」という理屈だ。公職選挙法や国会法が禁止しているのは、当選した選挙の時、同時に存在していた政党への移動である。
 離党して無所属になったり、選挙後に出来た新党に移ることは解釈運用で可能だ。道義上の問題はあるが、法的には問題がない。

 「みんなの党」側が、次に打った手が「会派の離脱には会派代表の許可が必要だ」という理屈で、会派の員数の変更届を提出しないと主張している。政党が分裂した時、必ず起きるのがこの問題である。「政党」と国会内の「会派」はどういう関係か、私のところには問い合わせが多い。そこで、故事来歴を説明して、本年最後のメルマガとしたい。


 明治憲法の帝国議会では、帝国議会における「院内会派」の先例ができるまで、議院法で政党や会派の存在を想定せず、議員個々人が独立して行動することを建て前としていた。しかしながら、明治23年、第1回衆議院選挙終了後、各政党は議会活動を行うため政党とは別に、議案や政務調査のため所属議員のみでグループを作る必要が生じ、「院内会派」として衆議院に登録したのが始まりである。

 帝国議会の当初は、政党が議会政治の主体となることを避けることが、藩閥官僚支配層の意図であった。ところが政治は集団行為であり、社会の進展とともに議会政治は政党を中心とする政治となっていく。


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