「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

◎「日本一新運動」の原点―203

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

○『違憲国会の葬式』後日談―「浪漫邸」での懇親会!

 

 土佐では葬式の後に「俎(まないた)洗い」といって、関係者が慰労を兼ね、故人を偲びながら酒を汲み交わす風習がある。県外からの参加者は日本一新の会会員だが、帰路の関係で早立ちの人を除いて高知在住の同志たちと懇親会を開いた。50名を超える大宴会となり土佐料理を満喫した。

 

 昼間の「葬式」に僧侶の姿がなくて気になっていたが「俎洗い」には、なんと四万十川上流の弘法寺住職・森英真氏が駆けつけてくれた。英真氏は全日本真言宗青年僧侶会会長の職を20年ほど前に勤めていた人物で、ボランティア活動などで国際的に知られている。せっかくの珍客来訪で、私が挨拶で森英真和尚を紹介したところ、この話がうけて、参加した女性陣に森英真和尚のもてること、もてること?。

 この際、貴重な話なので記録に遺しておこう。

 

 皆さん、瀬戸内寂聴さんの晩年の作品に『花に問え』(中公文庫)という小説がありますが、知っていますか。四国八十八ヶ所を、旅している若い僧侶が、真夜中の霧の山中で前世の恋人であった美女と出会う物語です。現代と平安時代という異時間を幻想の中で繰り広げる男のと女の話で、私は寂聴さんならではと、興奮して読み続けました。そのモデルが、この森英真さんです。

 

 これだけの話なら面白くもおかしくもありませんが、実は森英真さんが50歳を過ぎても独身なので、お父さんから「嫁を探して欲しい」と頼まれたことがあり、いろいろと事情を調べたところ「寂聴さんと男女の関係らしい」ことがわかったんです。お父さんから「寂聴と別れさせてくれ!」とまで頼まれたことがありますが、「切っても切れぬが男女の仲」という通り、寂聴さんと英真さんの愛はしばらく続いたようです。

 

 そこで私は「英真さんは寂聴さんの最後の男」と判断しているわけです。土佐にはいまでも、こういう歴史的で「天然記念物男性」がいるのです。土佐料理と酒と人間、そして議会政治の再生の話で友好を深めていただきたい。

 

 (「自由民権ツアー」の失敗談!)

 

 『違憲国会の葬式』の翌日23日(日)は私が独断で企画した「自由民権ツアー」を強行した。日本一新の会メンバー18名を、普通の観光コースでは、絶対といえるほど行かない名(迷)所をご案内した。

 

 午前9時、定刻に高知パレスホテルを出発し、1)坂本龍馬の生家と記念館 2)潮江天満宮(龍馬の民衆信仰の原点) 3)立志学舎(立志社が土佐に開設した教育機関)跡 4)河田小龍記念碑 5)五台山夢窓国師(土佐南学の祖)遺跡 6)浜口雄幸生家 7)武市瑞山神社を見学して、午後2時半に高知空港で解散した。

 私もその日の遅い便で帰り、『違憲国会の葬式』も懇親会も、そして〝独断〟の自由民権ツアーも、皆さんに「有意義な旅だった」と大変喜んでいただき、ひとりで満足感に浸っていた。

 

 ところが翌日、事務局から電話が入り「土佐の自由民権運動は男だけの世界ではなく、女性もいたはずと、1日の余裕を持って入ったこともあり自分で調べました。それは予想に違わずありました。平野先生の導きで良い勉強をさせていただきました」と、北海道は北見から参加した橘美恵子さんから報告があったとのこと。

 

 実は、3)の立志学舎跡で説明するつもりで用意していた「民権ばあさんこと、楠瀬喜多」さんの話をすることをうっかり忘れていたのだ。帰ってから思い出し気になっていた。そこで遅ればせながら「民権ばあさんこと、楠瀬喜多」の解説をしておきたい。話の元は『違憲国会の葬式』にも出席してくれていた「土佐史談会」副会長の公文豪氏からである。

 

 地元では「民権ばあさん」と呼ばれている楠瀬喜多さんを有名にしたのは、大正9年9月、87歳で亡くなったときの新聞報道である。若い頃、立志社の民権論に共鳴し、女ながら、植木枝盛らの同志と県内を遊説し、自由を求める民衆を熱狂させたということだ。これは問題で、楠瀬喜多が演説した記録はない。しかし、日本で初めて女性自身が女性参政権を求めて活動したことは知られている。

 

 明治11年(1878年)、未亡人で戸主の楠瀬喜多は当時高知市で施行された区会議員の投票ができないことに抗議して、国税・地方税を滞納していた。役所の督促に「権利と義務は両立すべき」と主張し、「戸主として納税しているのに、女性であることを理由に選挙権を与えないのはおかしい」と、高知県令(知事)に見解を求めた。この文書(納税ノ儀ニ付御指令願ノ事)が、わが国で初めて「女性参政権」を求めたものである。この楠瀬喜多の男女同権思想は立志社の演説会に熱心に通い、同志たちとの交流で身についたものであった。

 当時、楠瀬喜多の家の離れには、立志社に遊学中の全国の民権青年がたむろしていたといわれている。国会開設運動がクライマックスとなる明治13年には、若き日の頭山満(玄洋社の創始者)が突然転がり込み、喜多は頭山の男と志に惚れ、身も心も尽くしたと伝えられている。

 

 晩年の楠瀬喜多は政治に強い関心を持ち、福島は三春出身で、国会開設運動で知られる河野広中衆議院議員の紹介で、帝国議会を4回も傍聴している。「集会及政社法」や「治安警察法」が、女性の政談演説傍聴を禁止したことに反対し「婦人の政談演説傍聴権」獲得運動を行っていた。

 

「民権ばあさん・楠瀬喜多」は、近代日本女性史の第一ページを飾るにふさわしい女性であった。この大事な話を用意していながら失念したことは、まことに不覚であった。

 

(『違憲国会の葬式』についての報道)

 

 翌23日(日)の、高知新聞の報道に驚いたのは県外参加の日本一新の会メンバーだけではなかった。私自身高知新聞の記事に感動した。2面の政治面で小沢さんの発言の要旨を紹介し、社会面に祭壇のカラー写真を載せ、見出しに「国政憂い『国会の葬式』100人献花 政治の再生訴え」と報道していた。全国紙では朝日新聞大阪本社版が、「違憲国会の葬式営む」との見出しで淡々と報道していた。さすがは〝朝日新聞〟と敬意を表したものの、東京本社版や、その他の地方版では報道されなかった。東京新聞が共同通信の配信で要点を報道してくれた。多くの地方紙が同じように扱ってくれたのをみると、地方のマスコミには議会政治の危機と、再生への意識が残っており、地方からの改革運動が出発点となる。数社のスポーツ紙が、写真入りで報道していたことにも感謝したい。

 

 インターネットでは、賛否両論にわたって多数の反応があった。ひとつだけ紹介すると、「今回の平野さん、小沢さんたちの狂戯、愉快、快々。これを快とせずして、どんな快がある。しかし、これはわが国の民衆民主主義が動き出す号砲のようだ。わが国の根底には、民衆の〝なめるな!〟という民主主義の動きが、伏流水のように流れている。必ず、それは時代の動きとなる」。このひと言で、日本の民主主義の再生に全身全霊を懸けることができる。

 

 3月1日(土)、デモクラテレビの「永田町フーウン録」の録画撮りがあった。早野透元朝日新聞コラムニストのコーディネートで、ジャーナリストの鈴木哲夫氏と私の三人で〝怪談〟した。冒頭で『違憲国会の葬式』の報告ができた。葬儀の様子と小沢さんの発言の一部を放映してくれたし、スタッフの評判は良かった。いよいよ「議会政治の再生」への活動だ。

 

(『違憲国会の葬式』に駆り立てたもの!)

 

  私が『違憲国会の葬式』を思いついたのは昨年の11月中旬、「特定秘密保護法案」の国会審議に不条理を感じたのが最初の動機であった。高知新聞のインタビューで「国会の自殺だ。議会政治の葬式になる」と語ったことがことの始まりだった。

 

 実はこれ以外にもうひとつの動機があった。それは新著『戦後政治の叡智』(イースト新書)の総まとめの時期と重なったことだ。その第1章は、〝吉田茂と林穣治―偉大な先人が示した「政の道」〟だ。そこには共産党入党寸前の私を、2人の長老が策を弄し、高校卒と詐称して衆議院事務局に奉職させたことを記しておいた。よく考えてみると、吉田さんの父が竹内綱、林さんの父が林有造である。この両人は国会開設・自由民権運動の中心人物で、投獄の体験を持っている。当時、自由民権運動に血と汗を流した先人は竹内・林両氏だけではなかった。大勢の土佐人が犠牲となった。私の先祖もその中にいた。その先人たちの霊的DNAが「国会の自殺」に怒り、私を『葬式による議会政治の再生』に駆り立たせたという運命を感じた。

 

 次なる課題は、討議の後に総員の拍手で採択された『ジョン万次郎宣言』に示された「憲政オンブズマン」の実行である。日本一新の会の皆さんのこれまでのご協力に感謝し、一層の薫陶をお願いする。

                          (了)

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