「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

◎「日本一新運動」の原点―212

 日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

○ 集団的自衛権の憲法解釈変更問題―2

 

 日本国憲法の「自衛権」について、前号では、憲法制定時から昭和34年12月に最高裁が砂川事件について「駐留米軍は憲法9条に抵触せず」との見解で「伊達判決」を破棄し、東京地裁に差し戻したことまでを説明した。本号では、その後の展開を紹介する。

 

1)岸政権の「安保条約改定」で何が変わったか  昭和34年3月に、第一審とはいえ「日米安保条約は違憲だ」との判決は、翌35年に安保条約の改定を政治生命とする岸首相にとっては重大問題であった。検察は直ちに跳躍上告し、同年12月には最高裁が破棄し差し戻した判決を、田中耕太郎最高裁長官が、事前に米国側と協議したことが米国の公文書公開でわかり、国民の批判を受けた。

 岸首相の「安保条約改定」は、条約の片務性を改定して、日本に、より積極的な軍事活動ができるようにすることであった。しかし、片務性の本質に変更はなかった。米ソ冷戦が激化するなか、国民の反対運動は戦後最大の騒ぎとなり、30万人のデモ隊が連日国会を取り囲む状態が続き、社・共両党を中心に国会でも激論が展開され、物理的抵抗や強行審議となる。結局、衆議院で強行採決したものの参議院では十分な審議ができず、自然成立するという異常事態となった。

 この歴史に残る「60年安保騒動」が残したものは、岸首相が辞任し「寛容と忍耐」の池田政権に交代する。岸政権の憲法改正・再軍備の政治方向は後退したものの、安全保障の米国への依存度が高くなったことだ。そして、日本の社会主義化を目指して活動してきた革新勢力は挫折し、戦略の変更をせざるを得なくなる。共産党は日本独自路線となる。民社党が分裂した社会党は、ソ連や中国から選挙のための援助を受けながら、国会で憲法改正を阻止する3分の1以上の勢力維持を政治目的とするようになる。

 

☆以下、有料(維持会員のみ)配信

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

☆「メルマガ・日本一新」をご購読(入会)をご希望の方は、本稿の上部タブに

  ある「入会のご案内」を参照してください。

 

☆ 維持会員の方で、メルアドを変更された場合、また定期配信が届かない場合

  は事務局宛にメールでお知らせをお願いします。

   jimukyoku(*)nipponissin.com (*)を@ に置き換えて下さい。

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

nipponissin1

Author:nipponissin1
   代    表 : 平野 貞夫
   顧    問 : 戸田 邦司
   事 務 局 : 大島 楯臣

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
動画
 
最新記事
リンク
一新のトランク
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
Translation Tools
QRコード
QR
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!
Powered By FC2ブログ