「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

◎「日本一新運動」の原点―221

                               日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

○ 『民主主義の危機』に直面した日本!

 七月一日(火)、安倍自公政権は『集団的自衛権行使』の解釈改憲を強行した。閣議決定文書のタイトルは『国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について』というものだ。昭和初期の、右翼軍部が好んだ文言が彷彿として甦るものだ。要約すれば「国家と国民のために戦争できる体制をつくる」と、軍事国家への宣言である。

 閣議決定が行われた同日同時刻、私は国会議事堂通りの官邸近くにいた。続々と人々が集まる様子を見ながら、半世紀を超えてここで人生を過ごしてきた自分を思い返し、「こんなはずではなかった」と、憲法政治の劣化に愕然として佇んでいた。

(憲法違反だけではない国連憲章違反だ!)

 閣議決定した文章に詳細な反論をするつもりはないが、この、「違憲構想」が法的に整備されると、国連憲章違反になりかねない問題が起きることを危惧している。数多いるはずの有識者の誰も指摘しないのが不思議と思う。

 国連憲章が認めている自衛権による武力行使は、「加盟国に対して武力攻撃が発生した場合は、(中略)個別的又は集団的自衛権の固有の権利を害するものではない」(第五十一条)によって行いうるものである。閣議決定された「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、・・云々」について、日本の存立とか、国民の生命とか、幸福追求の権利とか、大層な理屈を並べているものの、これらの『明白な危険がある場合』について、具体的な歯止めの文言がなく、政府が、恣意的に判断することを表明したものだと、私は思う。

 これは、日本の在外権益が侵されたとき、集団的自衛権行使の名によって相手国に軍事介入するとの意味にもなる。閣議決定直後に記者会見した山口公明党代表は「(武力行使は)国民をまもるための『自衛の措置』に限られることが明確になっている(一般的な)集団的自衛権の行使を認めるものではない」と明言している。ならば、戦前の満州事変(昭和六年)や日華事変(昭和十二年・支那事変=日中戦争)における日本の対応を正当化するつもりか。国連憲章がこの「山口代表説」を認めるはずはなかろう。
この種の問題は当事国の理解による警察権によって解決されるべきことであり、「武力行使」の問題ではない。

 要するに、安倍首相は新三要件が明確な歯止めと自賛するが、歯止めどころか『武力行使三要件』という代物といえる。歯止めとは従来の憲法解釈のように「わが国への攻撃があった場合」と具体的でなければならない。これから国の内外で議論が行われることになるが、「新三要件」が国連憲章違反という問題が起きるだろう。

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