「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

◎「日本一新運動」の原点―222

                                日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

○ あまり知られていない『集団的自衛権』の話!

 台風八号は「脱法ハーブ」を吸ったように迷走して、沖縄を襲った後に九州の西海上で急転換し、日本列島の東海岸をなぞるように走り去った、異常な台風だった。
各地に大きな被害を出したが、被災を受けた方々に、心よりお見舞いを申し上げます。
 二回目となった「ともに語ろう! 日本一新」も、台風一過の十二日に予定通り開催された。参加された方々、お世話役の方、ご苦労様でした。

 七月十四日(日)の滋賀県知事選挙で、卒原発を主張し、集団的自衛権について、安倍自公政権のやりかたを強く批判した三日月太造候補が勝利した。一ヶ月前は「自公候補の圧勝」との各種世論調査であった。滋賀県民は七月一日(火)の「集団的自衛権の行使容認の閣議決定」が〝脱法ハーブ〟ならぬ〝違憲ハーブ〟であることに気がついたのだ。
 問題はこれからだ。戦後の独立以来、日本の歴代政権が、何故「権利は持っているが、憲法上許されない」という、分かりにくい方針を採ってきたのか。「戦前の軍国主義に回帰してはならない」との先人の思いを、一人一人の国民に理解してもらうことが、重要な課題となる。

(「集団的自衛権」が国連憲章に採用された理由と胡散臭い使われ方)

 解釈改憲の推進派、反対派ともに共通しているのは、「集団的自衛権」を国際法上の国家の権利として位置づけていることである。これは間違いではないが「権利はあるが憲法上許されない」という説明に、わかりにくさが残る。「権利」といえばイメージとして「正当性」が先行するからだ。
 実は「集団的自衛権」という用語自体に矛盾があり、国連憲章が本格的に議論される中で、修正案として用語がつくられて憲章に採用された経緯がある。そこには国際政治のリアリズムがあり、また、制度化した理由とは逆の方向で使われている現実を知っておく必要がある。

 国連という国際組織は、第二次世界大戦の後半に連合国の勝利が確実となった一九四四年十月に、米英中ソの四ヶ国がワシントンの郊外、ダンバートン・オークスで協議し、提案されたことから始まる。それを翌四五年二月に開かれた「ヤルタ会談」(米英ソ)で調整した後、同年四月から六月にサンフランシスコで開かれた五〇ヶ国の連合国会議で憲章が決定された。発足は日本が降伏した後、同年十月二十四日である。

 当初の憲章案の提案要旨は、
1)国際連盟の理想主義を反省し、連合国の五大国(米英中仏ソ)を常任理事国とする
  安全保障理事会を設置して、強大な権限を持たせ世界の平和と安全を維持する。
2)加盟国の武力不行使を原則とし、例外として安保理が決定する「集団安全保障」のみと
  する、ことなどで、この提案には「集団的自衛権」という発想はなかった。
 国家の(個別的)自衛権については、当然に各国が有するとの認識で規定しなかった。
 ヤルタ会談では、安保理の表決方法が協議され、常任理事国(五大国)が拒否権を行使できることで一致した。この合意に米州諸国から反対の意見が出た。理由は、五大国や五大国と親密な中小国が違法に武力行使をしたとき、拒否権で安保理が強制措置をとることができなくなる、ということだった。

 国連設立のサンフランシスコ連合国会議で、修正協議が行われたのが、「他国の緊急で必要性に迫られた防衛活動に限り、安保理の事前許可は不要」という米国の提案であった。これが国連憲章第五十一条として「個別的自衛権」と並べ、「集団的自衛権」として規定された。こうして国連が発足すると同時に、加盟国には新しい権利として、他国で武力行使を可能とする「集団的自衛権」が設けられたのである。
 中小国の安全を確保するためという美名はあったものの、現実の国際政治はどのように展開したを見てみよう。これまでに「集団的自衛権」の行使が国連憲章第五十一条に従って安保理に報告された主な事例は次の通り。

1)ソ連―ハンガリー(一九五六年=昭和三十一年)
2)米国―レバノン(一九五八年=昭和三十三年)
3)英国―ヨルダン(一九五八年=昭和三十三年)
4)米国―ベトナム(一九六五~七五年=昭和四十年~五十年)
5)ソ連―チェコスロバキア(一九六八年=昭和四十三年)
6)ソ連―アフガニスタン(一九七九年=昭和五十四年)
7)米国―ニカラグア(一九八一年=昭和五十六年)
8)リビア―チャド(一九八一年=昭和五十六年)、
  仏国―チャド(一九八三=昭和五十八年、一九八六年=昭和六十一年)
9)イラクによるクエート侵攻(一九九〇年=平成二年)
  (安保理は憲章四十一条、四十二条、五十一条に基づく決議を行った)
10)ロシア―タジキスタン(一九九三年=平成五年)
11)米国―アフガニスタン(二〇〇一年=平成十三年)

 この中で国連らしい機能を発揮したのは、9)のイラクによるクエート侵攻事件ぐらいである。国連の集団安全保障の例外措置である「集団的自衛権」の行使は、多くの場合、東西冷戦下の代理戦争か、大国のエゴイズムによる濫用であった。それは事実上、平和への脅威でもあり、国連の機能を妨害する、胡散臭い使われ方であった。

(「集団的自衛権」に苦慮した日本政府)

 占領下の日本政府が国連と直接交渉することはなかったが、「戦争の放棄」を具体的に規定した第九条の憲法をもつ政府が、集団的自衛権の扱いについて苦慮したことを、国会の会議録で知ることができる。

 第七回国会・衆議院外務委員会(昭和二十四年十二月二十一日)西村熊雄条約局長は「集団的自衛権というものは、国際法上認められるかどうか、今日の学者の間に非常に議論が多く、私どもはその条文の解釈に全く自信をもっていない」と発言している。国連憲章が発効して四年経っても、相当に問題がある制度であったわけだ。

 同国会衆議院予算委員会(昭和二十五年二月三日)、中曽根康弘議員の「国連憲章五十一条に集団的自衛権が認められているが、総理大臣はお認めになるか」との質問に、吉田茂首相は「当局としては、集団的自衛権の実際的な形を見た上でなければお答えできない」と発言している。この時期、世界で何が起こっていたのか。毛沢東は北京で中華人民共和国の成立を宣言(昭和二十四年十月一日)、ドイツ民主共和国(東ドイツ)が成立(同七日)、米・NATOと相互防衛援助協定調印(昭和二十五年一月二十七日)、朝鮮戦争勃発(同年六月二十五日)などである。憲法九条をもつ国家として、米ソ対立の国際情勢を睨むしかなかった。

(「憲法上行使できない」との政府見解は、吉田首相時代につくられた)

 激動する国際情勢の中で、吉田内閣は対日講和条約や日米安保条約交渉に取り組んでいく。米国は強く日本に再軍備を要請する。

 吉田首相は
1)日本の経済復興が完全ではなく再軍備の負担に耐えない。
2)今日の日本には軍国主義の復活の危険がある。
3)憲法上の困難がある。
4)再軍備は近隣諸国が容認するようになってからだ、
として拒否する。
 吉田内閣は「再軍備」の代替として、警察予備隊・保安隊を設立する。そして昭和二十九年には自衛隊法を制定すると同時に、米国との相互防衛援助協定(MSA協定)を締結する。自衛隊の海外派兵や国連の集団的自衛権問題について、政府が見解を示すことになる。第十九回国会・衆議院外務委員会で下田武三条約局長は次のように発言している。

「平和条約でも日本国の集団的、個別的の両者の自衛権は認められているが、憲法の観点からいえば、・・・・日本自身に対する直接の攻撃、あるいは急迫した攻撃の危険がない以上は、自衛の名において発動し得ない」(昭和二十九年六月三日)。他国で武力行使を可能とする集団的自衛権を憲法上否定した見解である。

 吉田首相は、この年の十二月に側近に説得されて総辞職し退陣する。頑固に、衆議院解散を主張する吉田首相を説得した又従兄弟の林譲治元衆議院議長から、私が直接聞いた話だが、「再軍備で戦前の軍事国家をつくることを阻止するためだ」と、何度も主張するので「国民を信じましょう」といったところ、わかってもらえたとのことだった。あれから六十年という月日が流れたが、国民は吉田首相の期待を裏切らなかった。
 敗戦後の日本はソ連から資金援助を受けた勢力を左側に、米国CIA資金で政権に就き、再軍備で戦前回帰を狙う勢力を右側にして厳しい政争が展開された。米国とギリギリの交渉をしながら豊かな国をつくれたのは、集団的自衛権行使を憲法上許さなかった「保守本流」の良識にあった。
 いま、戦後の日本を支え、経済的繁栄を導いた保守の良識が、幻となって消え去ろうとしている。
                                          (了)

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