「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―35

                                  日本一新の会・代表 平野 貞夫

 新年 明けましておめでとうございます。

        行く年に 日本一新 誓いけり      貞 夫

 (小沢邸で考えたこと)

 元日に小沢邸を訪ねた。昨年は大勢の政治家が押しかけるということで遠慮したが、今年は「小沢新年会」に顔を出した政治家を観察する魂胆があった。国会議員が120名ぐらいだったが、昨年の元旦、総選挙直後の160名と比べて遜色はなかった、というより、再生民主党の力としては十分だと思う。
 出席者で目立ったのは、海江田万里国務大臣・原口一博元総務大臣・細野豪志議員らであった。細野氏は「朝まで生テレビ」の元日放映に出演したばかりで眠そうだったが、少しの間、番組の話をした。司会の田原総一郎氏の「ソーシャル・ビジネス」と、細野氏が主張した「新しい公共事業」は似て非なるものだ。田原氏には何か企みがあるのではないか、と私は問いかけた。
 田原氏の司会ぶりには精細がなかった。菅・仙谷政権の浮上に苦慮している様子だった。菅・仙谷政権は、テレビメディアの政治部門に君臨する田原氏が樹立させたようなものと私は推測している。国家機能を喪失させた菅・仙谷政権に、新しい政策を提供しようという思いで、生かじりの「ソーシャル・ビジネス」を言い出したのだろう。
 哲学とか思想、そして歴史観に欠ける菅・仙谷政権にとって、一億総白痴化の総指揮者であり、テレビメディアで政治を動かすことに、歓喜と生き甲斐を感じる田原氏としては、国民受けする新政策を提供し、新年早々から世論づくりをしようとする狙いだ。鳩山政権時代に公約とした「新しい公共事業」とは、本質的に異なるものである。
 「新しい公共事業」とは、現代の資本主義の変質を認識することから始まるが、そのためには、これまでの収益中心の価値観と構造を改めなければならない。それは「自立と共生」という理念を、社会の根底に据えなければならないし、細野氏はテレビで盛んにこのことを主張したが、田原氏はそれを理解しようとはしなかった。しきりに、金融資本主義のファンドが、貧しい人たちのため社会ビジネスとして、これまで政府がやってきた政策をビジネスとして展開できるなど、インドなどの例を挙げて主張していた。
 現代の資本主義の持つ矛盾をそのままにして「社会ビジネス」が、価値観や文化の違いで成功するはずがない。小泉政権で野心のある企業が福祉事業を始めて、福祉の美名のもと営利を貪った例はいとまがない。要するに、「人間とは何か」ということを、どう考えるかにつきる。細野氏は国や社会の構造を変えないと、「社会ビジネス」も「新しい公共事業」も成功しないと田原氏に食い下がっていたが、小沢幹事長の下で苦労した成果が出ていた。
 ところで、これまでの「社会ビジネス」の最たるものは「マスメディア」である。現代のマスメディアのあり方を見れば、田原氏の深層心理がよくわかる。社会の木鐸という美名のもとに、その恰好をとりつくろってはいるが・・・。
 その裏側では自己保全のために、政府広報費という国民の税金までしゃぶろうとする堕落の道に入り、どんな政権にも平気で抱きついていく。裁判員制度もしかりであり、今年の「納税者背番号制度」もその運びとなったらしい。菅直人亡国政権のお先棒を担ごうとする姿の数々、それを証明したのが新年各紙の「社説」であった。
 特に酷いのは、やはり「朝日新聞」だ。「今年こそ改革を」として、そのため『与野党の妥協しかない』との表題だが、条件として「民主党は公約を白紙に」ということである。朝日新聞は何時から「議会民主政治の否定メディア」になりさがったのか。
 民主党のマニフェストを破り、延命を画策する菅政権にとっては新年早々の援軍となった。さらに「与野党の妥協しかない」と主張するに至っては、大連立で権力を死守したい「菅政権の機関紙」との称号を与えても、言い過ぎではないだろう。
 国民にとって問題のポイントは、自民党と民主党の対立が、現代の腐敗した資本主義を根本から変えずに、都合の悪い部分を継ぎ接ぎで既得権を守っていく政治に対して、情報社会で変質した資本主義の仕組みや価値観などを根底から見直して、新しい社会に見合った制度や予算の配分を断行して、既得権による無駄をなくそうとする政治の対立であった。
 そのために国民は、一昨年の総選挙で歴史的判断を示したのであり、民主党勝利の原因はここにあったはずである。それなのに菅政権となって後、自民党対民主党の対立ではなく、民主党内の対立となった。
 もっとも、この対立は平成十七年の民主党と自由党の合併時から予想されていたことである。私が早めに参議院議員を引退したのは、これらを予測してのことでもあった。菅直人という人物や、仙谷由人という政治弁護士からは、「国民の生活が第一」という政治より、政策は権力に就くための方便とする、非人間性の臭いを感じていたからだった。菅・仙谷政権は、政治の対立を「小沢の政治とカネ」対「クリーンな政治」として、朝日新聞などの旗振りに頼り、国民を騙そうとしているわけである。
 小沢一郎という政治家の、政治資金に不正なものは一切ないことを、天地神明に誓って私は断言できる。麻生政権から菅政権に継承された「小沢排除」は、「国民の生活が第一」の政治となっては困る既得権者たちと、米国金融資本の手先である政治家どものデッチあげである。
 小沢邸に結集した120数名の政治家たちは、このことをよく理解していた。「日本の危機的情況は庶民の方が政治家より知っている。民主党を政権交代の原点に戻し、一日も早く〝国民の生活が第一〟の政治を実現しよう」という小沢氏の挨拶に、参加者一同賛同の拍手で、午後3時に新年会を終えた。

 (日本一新運動について)

 私がまったくの「アナログ縄文人」であることから、メルマガ読者の皆さんにはご迷惑を掛けている。正直にいって「誰かに煽てられての活動」ではあるが、次々に面白いことが発生するのが不思議だ。
 年末に、鹿砦社から刊行した「日本一新―私たちの国が危ない!」を、民主党所属の国会議員で、当選回数の少ない人を中心に贈呈したところ、30人ぐらいから礼状や電話があった。その大半が先の代表選で、菅さんに投票した人たちだった。小沢邸でも多くの議員から「日本一新の会」について好意的な質問を受けた。民主党に何かが起こっている気がする。
 「日本一新本」も、初回発行部数が五千部と少なかったせいか、中古本にプレミアがついて、通販大手のアマゾンでは、最高2.537円の値が付いているそうな。ひとり工面ではあるが、ここら辺に本年の「日本一新運動」の方向性があると思う。私の大胆な予測では、1月12日の民主党役員会などで、「菅内閣総辞職要求」が出てくる可能性すらある。 統一地方選挙を控え候補者たちは必死の思いなのだが、菅・仙谷政権にはそれらを忖度する気はないらしい。菅政権が三月までもっても、野党は参議院で「菅首相問責決議案」が可決されるように図るだろう。
 今年の政治も混迷だ。小沢一郎を排除して日本の再生は不可能である。
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