「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―256

 日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

○平成の日本改革の原点 (初回)

 

「戦後70年」になる。安倍首相は「過去の首相談話にこだわらない談話を出す」とはしゃいでいる。平成時代になって27年目に入ったが戦後の38%にあたる時間だ。

 戦後70年のうち、55年間約78%を政治に関わってきた私の思いは、戦後政治の評価と反省を踏まえ、戦前の軍事国家への回帰を阻止することである。

 それにしても平成の世は大変化の時代だ。平成21年、NHKの大河ドラマ『龍馬伝』に反抗して『坂本龍馬と十人の女と謎の信仰』(幻冬舎新書)を執筆した。その『はじめに』で「(民主党に政権交代した)平成21年8月30日の衆議院総選挙を坂本龍馬はどうみたであろうか。〝皇紀2669年の日本で、初めて民衆がつくった国家権力だ。民衆の心に(北辰)妙見の星信仰が生きていたのだ。ワシが夢みた政治が実現できそうになったんだ〟と語ると私は思う」と書いた。ところが、民主党政権は敢え無く自己崩壊した。

 

 平成26年2月、私は『戦後政治の叡智』(イースト新書)を刊行した。その『はじめに』には「平成25年12月6日の深夜、議会民主政治の自殺といえる〝特定秘密保護法〟が成立した。違憲状態の国会が制定した法律である。この国の将来に起こる悲劇が、私の瞼から消えない。(中略)重大なことは、この法律を強行成立させた自民・公明党はいうに及ばず、野党各党もこの法律の本質的問題に気づかず、個別技術論に終始したことである。

 その結果として立法権を否定する立法を許したことは〝国会の自殺〟と言っても過言ではない。本書は(中略)21世紀になって劣化・崩壊したわが国の議会民主政治をなんとか再生できないかという思いから執筆したものである」と書いた。

 

 この日本政治の劣化については半世紀を超えて直接間接に政治に関わってきた私にも責任がありその原因を究明する義務がある。そのためには、まず平成初期に行われた政治改革を始めとする、「日本改革」の動機と目的そして内容を検証しなければならない。現在の政治家やマスコミ有識者の多くが無関心か、あるいは意図的に拒否しているのか、それを知ろうともせず、語ることもない。昭和末期の政治の実態を知り、平成の日本改革が何故に必要であったか、多くの人々にこのことを理解して貰うことが民主政治を再生させる大事な道と思っている。

 

 自社55年体制といわれる政治状況の中で、与野党から揉みくちゃにされた私は、昭和60年から日記をつけるようになった。それは、平成4年2月、衆議院事務局を退職するまで続いた。いつしか政治家や官僚、評論家から求められて作成した〝メモ〟や〝レポート〟を残すようになった。これらの中には、平成になって展開された政治運営や、改革の原動力になったものがある。それらを参考にして「平成の日本改革」の原点を考えてみたい。

初回は、日本の大改革が必要となった背景ときっかけを確認しておきたい。

 

(昭和50年代にあった日本改革論)

 

 わが国は昭和40年代後半になると、高度経済成長により豊かな経済大国になったものの環境汚染、石油ショック、物価の高騰、国際通貨の動揺、資源供給の不安定が続くようになる。私はこの時期(昭和48年~同52年)、前尾繁三郎衆議院議長の議長秘書をやっていた。

 前尾さんは「暗闇の牛」が綽名で、無口で目立たないが4万冊の蔵書を持つ、戦後政治家で一番の学識を持っていた人物だ。池田勇人さんとは大蔵省時代の兄弟関係で、池田政権で3期3年間自民党幹事長を務めた。高度経済成長を始めとする池田政治の全てを提案し、政策化する総責任者であったことはあまり知られていない。世間の噂とは無責任なもので無口どころか、私と2人の時は、しゃべるはしゃべるは、戦前戦後の政治・経済・社会問題について「話を聴いてくれ、若い世代に伝えておきたい」ということで、数かぎりない薫陶を受けた。

 前尾さんは『政の心』(毎日新聞社)を執筆中に議長に就任した。そのゲラの校正などを手伝ったことから、その後の執筆にかかわることになる。昭和50年8月、前尾さんが突然こう言い出した。「日本も病める文明国になった。爆弾騒ぎもある。物質的に豊かになったとはいえ人間的には少しも幸福とは思えない。経済成長を唯一の目標にして、人間たることを忘れていた。前後の経済成長によって、日本人自身が疎外され、経済成長そのものさえ不安定となった。人間の幸福とか社会の福祉とは何か、人間とは何か、という根本の疑問が起こってくる。人間の原点を考えよう」と。

 そして『人間的成長論』を書くから手伝えとなった。高度経済成長政策を推進した責任者の話である。そして草案としてできた小冊子の中で次の論旨が私の頭の中に叩き込まれた。「資源のない日本は資源ナショナリズムという冷厳な事実の前には粛然たらざるを得ない。今こそわれわれは高度経済成長以前の、原点以前の原点に立ち返り、われわれ自身の今までのあり方全般にわたって反省を試みなければならない。(中略)最近の日本人は、肝心な資源がないことを忘れている。〝金さえ出せばなんでも買える〟と思い上がり、〝使い捨ての経済〟を平気でやるようになった。

 

 日本は人的資源に恵まれていたからこそ、高度経済成長も生まれたのである。国民は単なる群衆ではない。一億の人間に秩序と進歩を与えるのは政治であり、国会である。国民も政治家もこの人的資源を真に資源として活用し、人間的成長の歩みを続けて、国民の幸せを実現する国造りのため抜本改革が必要である」。

 そして前尾さんは逝去する5日前昭和56年7月18日の講演で、「高度経済成長が低成長にならざるを得ない時代が来る。その壁がどういうものか、十分な認識を持たねばならん。低成長に対してどういう対策を採っていくかを考えねばならんという時代だ。福祉社会を続けるのに苦労することになる。それをいろんなところで提言しているのに、残念ながら指導者たちにその認識ができていない」と語ったのが遺言となった。私には、その一週間前「時代の移り変わりを正しく認識して、僕の政治理念と政策を発展させて欲しい」というのが最後の言葉となった。

 

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