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「日本一新運動」の原点―261

 日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇ようやく始まった「低エネルギー核反応(LENR)」の本格研究!

 

 3月31日(火)、東北大学院元教授の岩崎信工学博士からの電話で「東北大学電子光理学研究センターと(株)クリーンプラネットが『凝縮系核反応』に関する共同研究部門を設立し、本年4月1日から基礎研究と応用研究を同時に開始することになった」と知らせてくれた。

『凝縮系核反応』とは聞き慣れない難しい言葉だが、1989年(平成元年)に発表された「常温核融合」に端を発し「個体核反応」や「低エネルギー核反応(LENR)」などの名称で各所で細々と続けられた研究を本格的に始めようというニュースである。

 わかりやすく説明すると、「3・11福島原発事故」がもたらした放射能被害対策について、私たちは「ナノ純銀による放射能低減システム研究会」を結成し、徹底した実証実験を重ね、LENRの可能性を公表して政府や学会に再現実験や確認実験を要請してきた問題である。「メルマガ・日本一新」では何回も紹介し、その評価や批判が読者からあったことはご記憶にあると思う。

(詳しくは拙著『戦後政治の叡智』巻末の「福島原発問題を解決し、東京五輪を新たな文明の出発点へ」を参照されたい。)

 

 私たちの活動が東北大学の「凝縮系核反応研究部門」の新設に、直接影響を與えたわけではない。しかし安倍宣男理学博士が発見し、岩崎信工学博士(核計測学)が検証した「ナノ純銀担持体による広範な放射能核種変換能力の活用」がこの研究部門でテーマとなることは時間の問題である。なお、最近では核種変換がナノ純銀だけではなく「他のナノ技術による物質でも可能」との情報もある。これからは幅広い研究が行われることが、人類の救済につながるものと期待している。

 

(「凝縮系核反応研究部門」の研究内容)

 3月30日(月)に東北大学で記者発表されているが、ポイントの研究内容を紹介すると、

「具体的には、以下のような研究を進める予定です。

 

① 凝縮系核反応生成物の核種同定の信頼性向上

② 凝縮系反応進行時における発生放射線の精密測定

③ 凝縮系核反応の反応率の増強方法の探索

④ 凝縮系核反応による放射性元素の放射能減少の有無の確定

⑤ 凝縮系反応の発生熱の起源とエネルギー利用可能性の開発

以上のような共同研究により、核物理学に新たな核反応の概念が打ち立てられるとともに、安価でコンパクトな放射線を伴わない過剰熱発生エネルギー利用、核廃棄物放射能の消滅等、クリーンエネルギー実用化への展望が拓けるものと期待されます」とある。

 

(「究極の脱原発」の研究成功を祈る!)

 

 1989年に発表された「常温核融合」は、マスコミや経済市場でブームとなったが、初期研究にありがちな再現性が悪く主流学会から似非科学として烙印を押されて、一部の人たちによって研究が続けられていた。奇しくも、平成23年の東日本大震災で福島第一原発事故の歴史的悲劇発生の年から、国際的に研究の進展を見るにいたった。これは神の啓示か。

 昨年7月7日、ナノ純銀による放射能低減システム研究会を代表して、岩崎信工学博士がアイソトープ協会で「放射能低減効果」を学術発表した。翌々日、日経産業新聞は「三菱重工業が提唱した、パラジウムを活用した低温による元素変換実験を、豊田中央研究所が再現実験で確認した」と報道し、関心を強めていた。

 今回、東北大学の電子光理学研究センターと(株)クリーンプラネットが共同研究で、LENR関係の実用化を目指す応用開発研究を行うことは、放射能・原発に苦しむ人類への何よりの福音である。日本科学史上での、一大ニュースであるにもかかわらず新聞・テレビは一切報道しない。この研究が成功すれば、究極の脱原発となる技術だからである。「核廃棄物放射能の消滅」のみならず、「安価で放射能を伴わないクリーンエネルギーの実用化」まで見えてきたのだ。

 東北大学での共同研究の成功こそ、人類を救済する鍵である。脱原発運動の質を向上させる好機といえる。

 

 

〇 平成の日本改革の原点 (第6回)(米ソ冷戦終結が日本の政治構造を変える)

 

 小沢幹事長の要請で作成したレポートの『世界政治の大変動によって、日本の政治構造がどう変わったか』を竹下元首相と金丸経世会会長に読ませることになる。私の結論「世界で政治が大変動したとき、日本では政党再編が起こる。政権交代できる仕組みへ変わらざるを得ない」を伝えた。竹下元首相からは「公明・民社とパーシャル連合でしのげる。政権交代で自民党が政権から下りるような改革は必要ない」との返事があった。金丸会長は「自民党が社会党と提携すればよい」とのこと。自民党最大派閥の最高指導者がこんなことではどうしようもないとがっかりする。

 

 それにしても、竹下元首相は退陣の提唱で『政治改革大綱』を策定させ、そこには「衆院に比例代表制を加味した小選挙区制を導入し、政権交代を可能とする」との記載があったはずだ。

 平成2年が明ける。1月5日、小沢幹事長から電話で「新年から衆院解散の手順で頭が痛い。政党再編について自民党の指導者たちが理解しない」との話。創価学会が政界再編について神経を使っている様子を説明。秋谷栄之助会長の秘書役が解散の時期や政局の展望について情報を求めてきたと話すと会うことになった。

 同月9日夜、ホテルニューオータニで小沢幹事長・権藤衆議院議員(公)・秋谷会長秘書役と私の4人で懇談した。私から『政界再編はどう展開するか』のレポートを会長秘書役に渡し、そこには「政界再編はすでに始まっており、公明党が傍観していると、自民党と社会党の提携が始まる」として、政局の詳細な分析をしておいた。このレポートが、その後の公明党の動きを変えていく。(平野貞夫衆議院事務局日記に詳細を収録)

 

 権藤議員と秋谷会長秘書役が帰った後、2人でじっくりと話す。この時の小沢幹事長の覚悟に驚かされた。「米ソ冷戦終結はパンドラの箱が開いたと同じだ。各地で紛争が増え、競争優先の市場原理経済の国際的混乱を増やす。日本も米国の従属ではやっていけない。自分は、そのために新しい政治の枠をつくることに政治生命を賭ける。失敗すれば政治家を辞めてもよい覚悟で臨む」と。

 この小沢幹事長の見識が「平成の政治改革」の原点となる。前述した、竹下元首相との考えの違いが、その後の政治対立の始まりでもあった。これまでの日本の政治の枠といえば、昭和30年(1955年)に、自由党・民主党の保守合同と、社会党の左右両派が合同して、自社55年体制という2大政党による政治であった。

 この55年体制というのは英国型の政権交代を目指していたが、問題が2つあった。ひとつは米ソ冷戦というイデオロギー対立の国際情勢の中で、自民党は米国の立場での政治を展開、社会党は主としてソ連や中国の立場での政治を主張していた。自民党岸政権にはCIAの資金が出された文書が米国で公表されている。

 一方、社会党には主としてソ連からさまざまな形で資金が流れていた文書が残されている。与党も野党も外国からの資金で政治活動をやっていたという、どう見ても独立国とはいえない何とも情けない状態が続いていた。

 2つ目は、自民党は日本を社会主義国家にしないために手段を選ばない政治手法を繰り広げた。60年安保といわれている岸政権まで、社会党は政権獲得を本気で考えていたが、池田政権で急展開する経済成長策の成果が上がるにつれ、イデオロギーによる政治より、豊かな生活をつくる政治に軸足を変えた。しかし、表向きは自民党と激しい〝対立〟を〝演出〟しながら、裏側では、事実上の連立政権のように手を握るという談合政治を展開した。この中でさまざまな金権腐敗政治が出現する。

 戦後の米ソ冷戦による「日米安保体制」はこういった政治を助長させた。その冷戦が終結したのだ。小沢幹事長の主張する「新しい政治の枠」とは、日本にとって歴史的必然性といえるものであった。当時、この時代認識をする政治家が少なかったのがわが国の悲劇といえる。

             (続く)

 

 

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