「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―264

 日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇 憲法論で欠けたもの ―ラジオ日本での直言― 

 

 日本一新の会の皆さんには誠に申し訳なかったが実は5月1日(金)の午後0時45分から1時間15分、ラジオ日本の「マット安川のずばり勝負!」に中継で出演した。実は妻の他界の時期にセットされた予定で、すっかり忘れていたために、その日の朝、担当者から電話で確認があり、慌てて飛び出して会員の皆さんにお知らせすることも適わなかった。

 

(「憲法」とは、条文の文章だけではない!)

 

 司会の安川氏が「憲法の根本問題であまり議論されていないことを話して欲しい」と注文をつけてきたので、率直に現在の問題点を直言した。

 

 まず、「憲法」とは条文の明文だけではないと話すと、安川氏は目を丸くした。憲法は3つの要素から成り立っている。「憲法の原理」と「憲法の明文」と「憲法関係法規」だ。これを一体として議論することが大事である。特に最近の政治家は、視野が狭い弁護士が多く、憲法条文のことばの解釈だけが憲法の議論だということで済ませようとしている。一番大切なことは「憲法の原理」だ。例えば「立憲主義」という原理は、ほとんどの国で憲法条文には明記していない。「憲法にもとづく政治を行え」という原理は当たり前の常識だ。安倍政権はこれがわかっていない。

 

 集団的自衛権の憲法解釈を政府の勝手で変更して、それに基づく法整備を自民党内の議論さえ尽くさず、連立与党の公明党とだけ合意し、それを米国政府や米軍に事前了承させた上で、米国合衆国上下両院合同会議の安倍首相の演説で「夏までに日本の国会で成立させます」と国際公約する。こんなことが、議会民主主義の独立国家といえるだろうか。

 

 米国にとっては単独では難儀する地球上の紛争や戦争に、これからは日本の自衛隊が血を流す話だから表向きは反対しない。しかし、米国には日本が勝手なことをするようになることを心配する人たちもいるようだ。私に言わせれば、今回の安倍政権の行動や言論は、日本国憲法違反のみならず、「日米安保条約」の目的にも反しかてて加えて「国連憲章」の精神にも反していると思う。世界の平和の確保は国連が行うことで、「日米の軍事力」がやることではないはずだ。

  この一連の安倍政権の異常な言動に対して、日本で評価する痴呆マスコミはどうなっているのか。国際的な批判もあって然るべきなのに少ない。どうも世界中の指導者たちが、異常気象並みにおかしくなっている気がしてならない、と感じるのは私だけだろうか。

 

(憲法は「聖徳太子の17条憲法」から学べ!)

 

 自民党の憲法改正草案をめぐって「憲法は国家権力を規制するだけではなく、国民も規制するものか」との議論がある。これについて、安川氏は強い関心を持っていた。小林節慶大名誉教授が「国家を縛るもので、国民を縛るものではない」と言ったとか。国民が尊重すべきことは当然の常識だが、国や権力者を縛ることは「17条憲法」の本旨で、これが基本だ。ことさらにフランス革命やアメリカ独立戦争の模倣をしなくても、大和民族の知恵であり、歴史でもある。『自主憲法制定』を声高にいうなら、諸外国の猿まねではなく、わが国の歴史に学ぶことが真の自主憲法ではないか。

 

 もうひとつ「17条憲法」の特長は、明文にはないが立案の思想に「大和の国は武力で覇権を求めてはならない」ということがある。2千年にわたるわが国の歴史は、支配者が外国に覇権を求めたとき、国は乱れ、支配者は悲劇の主人公になることを証明している。昭和天皇はこのことを知っていたようだ。

 

(真の『憲法論議』を深めるために!)

 

 現在のわが国の憲法体系は、19世紀から20世紀の憲法原理で構成されている。文明の変化に適した21世紀の新しい憲法原理や明文を研究しておかねばならない。現憲法の原理を発展させながらの整備が必要だ。しかし、与党自民党の憲法改正案は「近代憲法」にさえ、ほど遠い思想でつくられている。そんな政治家が存在している間は、憲法を改正してはならない。彼らには憲法を論ずる資質に欠けていると断言できる。

 

 

〇 平成の日本改革の原点 (第9回) (海部政権での政治改革の挫折) (1)

 

 平成2年8月2日に始まった湾岸紛争は、同3年1月には湾岸戦争となった。日本の対応は大騒動の末、同年2月28日、米ブッシュ大統領の戦争終結演説で終わる。その日、衆議院本会議で

「追加協力金・90億ドル」の財源法案を上程する直前であった。与野党逆転の参議院で、公明党を説得しての小沢自民党幹事長の努力は並大抵ではなかった。これにはあまり知られていない裏話がある。

 

 実はこの年(平成3年)の4月東京都知事選が予定されていた。前年の秋には、高齢ではあったが現職知事の鈴木俊一氏を推すことに、小沢幹事長は自民党都連が了承するならやむを得ないという姿勢であった。この時期粕谷都連会長は鈴木氏に反対していた。 ところが、湾岸紛争が戦争となった1月中頃から「90億ドル財源法案」を成立させるため、公明党の賛成が必要であった。

 

 それとの関係で、都知事候補に公明党・創価学会はNHK出身の磯村尚徳氏を推してきたので、小沢幹事長は自民・公明・民社3党の推薦候補とした。粕谷都連会長を中心に自民党本部の決定に反発し、反対していた筈の鈴木知事を推薦する。自民党では、本部と都連が対立して知事選を行う異常事態となった。

 都知事選の結果は、鈴木現知事の勝利となった。これには粕谷都連会長の小沢幹事長の活躍に対する嫉妬を原因とする、単なる足の引っ張りだった。小沢幹事長は敗北が確定した4月8日午後、自民党幹事長辞任を表明する。後任には小渕恵三氏が就任した。

 数日後、小沢さんとじっくり話したところ「これ以上幹事長を続けていたら自分が暴発しそうだった。時代の流れを変えたつもりだったが、自己採点はできない。日本の国を改造するのはこれからだ。海部首相から『夏には政治改革国会を召集する。その時、政治改革特別委員長になって欲しい』といわれたので引き受けた」と、張り切っていた。

 

 ところが6月29日、小沢さんは心臓病で入院し、秋まで療養することになる。「政治改革に政治生命を懸ける」ことを公約した海部内閣は、大きな影響を受けることになる。海部首相は政治改革への決意を変えることなく、臨時国会を召集しようとするが、そのきっかけがつかめない。毎日のように官房副長官の大島理森氏を私に部屋に足を運ばせ、その理屈をつくった。その時期、長崎の雲仙岳の噴火災害があり、それもひとつの口実となった。

 

 8月5日、第124回臨時国会を召集し、政治改革3法案を衆議院に提出した。概要は、

 

1)公職選挙法改正案(衆院に小選挙区比例代表並立制を導入。総定数を、471名とし、小選挙区300名、比例区171名)

2)政治資金規正法改正案(企業団体献金の規正、資金パーティーの明確化)

3)政党助成法案(政党要件に合う政党に、国民1人あたり500円程度の助成)

 

 この時期になると、自民党はリクルート事件の反省を風化させるようになる。海部首相や小沢前幹事長、羽田孜選挙制度調査会長を「政治改革の熱にうかされた病人だ」と批判する。しかし、国民世論は政治改革を支持し、経済五団体の代表と、連合(労働組合連合会)会長を発起人とする「社会経済国民会議」を結成、署名運動を始めた。これが民間政治臨時調査会に発展し、国民運動を展開していくことになる。

 

 政治改革臨時国会の展開は異様であった。自民党内では梶山静六国対委員長が反対派の急先鋒で、社会党の村山富市国対委員長と共闘しながら、政治改革3法案潰しに懸命であった。公明党も民社党も小沢さんの顔が見えない国会では積極的に動けなかった。宮沢喜一氏に至っては、小選挙区比例並立制に反対し、「中選挙区連記制」の私案を公表するなど、相当にズレた考え方であった。

                         (続く)

 

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