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「日本一新運動」の原点―276

             日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

 安保法制関連法案が衆議院で異常な状況で強行採決され、国会周辺は見通しのつかない虚脱状態が続いていた。草の根市民や、若者の抗議がますます拡がる7月23日、小沢さんと議員会館の事務所で懇談した。

 話題は「安保法制問題」だけでなく国際政治、特に中国の経済問題、東芝の不正会計、新国立競技場白紙化問題、そして政治問題として真面目な創価学会員の公明党批判の顕在化、安倍内閣支持率の急降下減少の下で、野党協力が進まない原因などであった。

 

 見方が一致したことは、戦後70年間溜まり続けてきた既得権の矛盾が溶解し始めたことを、民衆や若者たちが本能的に気がつきだしたということであった。そして、ここ数年、何が起こるか想定できないので、しっかりと複眼思考で対応しようということであった。そんな中の翌週27日、参議院で「安保法制関連法案」の審議が始まった。

 

 

〇 安全保障法制関連法案を廃案にする〝死角〟がありますよ! 11

(磯崎補佐官の暴言は、軍事国家回帰への道を目指す安倍首相の本音!)

 

 参議院での審議は北澤俊美議員(民主・元防衛相)の冒頭発言が目立った。「民主党は〝対案〟を出すより、〝廃案〟を目指す」と。これは安倍政権に対する宣戦布告だけではなく、民主党執行部への警告と私は受け止めた。ところが翌28日の安保法制特別委員会で、民主党の大塚耕平委員は「廃案を願っている・・・・」と締まりの悪い話。

 未だに民主党の腰がふらついている中、7月26日、磯崎首相補佐官が、安保法制関連法案を憲法上否定する講演を大分市で行った。その趣旨は、憲法解釈を変更して集団的自衛権行使を可能にする安保法制関連法案について「法的安定性は関係ない。わが国を守るために必要かどうかを気にしないといけない」というものであった。この発言の真相部分は「わが国を軍事的に守るためには、憲法の解釈変更はどうにでもなる」というものだ。

 

 廃案を目指すなら、この発言は有り難く「天」からのプレゼントである。某野党の幹事長が頭のてっぺんから声を出して「即刻辞任」と叫んだが政治が如何なるものかまったくわかっていない。完璧な憲法99条(尊重・擁護の義務)の違反である、歴史修正主義を唱える安倍首相の本音は、「戦前の軍事国家」をつくることだ。磯崎氏の辞任で済む話ではない。

 問題は、磯崎首相補佐官のいう「法的安定性」の意味を、どれだけの国会議員が理解しているかである。国会審議を通じて具体的に明らかにされていない。これを国民にわかりやすく説明すれば、廃案への世論はさらに盛り上がるであろう。

 

(「法的安定性」の問題の本質は何か?)  

 衆議院憲法審査会で長谷部早大教授が提起した「憲法解釈変更の結果、どこまで武力行使が許されるのか不明確で、法的安定性も保たれていない」との発言が発端である。これは安全保障についての憲法の法的安定性が大きく損なわれることを指すものである。

 この問題は、こと安全保障だけではなく憲法の基本原理である「平和主義」「国民主権」「基本的人権」、それぞれの法的安定性を脅かすものである。安保法制関連の11法案について詳細に検討すれば、武力行使の対応や、あり方に矛盾や不都合が生じ、法的安定性に疑いが生じることは、憲法解釈変更で生じる当然の帰結である。

 

 それ以前の問題として、憲法の解釈変更に正当性がなく、圧倒的国民の反対の中で強行成立となった場合、それは国民主権を明確に侵害するものである。さらに違憲の手続きによってつくられる安保法制によって、海外に派兵される自衛隊員にとっては、基本的人権を冒涜されることである。

 磯崎首相補佐官が「わが国を守るために必要かどうかを気にしないといけない」と主張するなら、安保法制関連法の法的安定性がもっとも重要視されるべきである。自衛隊の活動は合憲性と法的安定性を確保した上でなければ、国民からも世界からも信頼されない。「法的安定性」を無視した安保法制関連法案は当然廃案とすべきである。

 

 

(法的安定性どころか、致命的に立法根拠に欠ける安保法制関連法案)

 

 昨年7月1日、安倍内閣が「集団的自衛権の限定的行使」を、憲法の解釈変更で行うことを閣議決定して以来、私は「限定的とはいえ集団的自衛権の行使を容認するなら、日米安保条約を改定して基地提供条約を共同防衛条約に改定する必要がある」と論じてきた。その根拠は、昭和29年の自衛隊法成立の際、下田条約局長の次の見解であった。

「集団的自衛権は、共同防衛とか相互安全防衛条約など特別の条約があって初めて条約上の権利として生まれる。日本の現憲法下でそのような条約を締結することはできない。

 自衛権の憲法で認められた範囲は、日本自身に対する直接の攻撃、或いは急迫した攻撃の危険がない以上は、自衛権の名において発動し得ない」(昭和29年6月3日・衆議院外務委員会)

 これが当時の政府見解であった。なお、岸内閣での新日米安保条約も性格の変更はなく、この見解の趣旨を歴代の内閣は維持してきた。ところが、昨年4月1日、参議院外交防衛委員会でこれに関する質疑が行われている。

 
〇小野次郎君 (集団的自衛権)の対象になる自国と密接な関係にある外国というのは、条約などの国際約束であらかじめ特定される必要はないんですか。

 

〇岸田外務大臣 ・・・これにつきましては条約関係にあることは必ずしも必要でなく、一般に外部から武力攻撃に対し共通の危険として対処しようとする共通の関心があることから、この集団的自衛権の行使についての要請又は同意を行う国を指すものと考えられております。

 

 さて問題は、1)吉田内閣での下田条約局長の見解は有効かどうか。有効ならば安倍内閣が提出し、国会で審議中の安保法制関連法案は立法根拠に欠けたものであるとし、参議院は直ちに廃案として処理すべきである。2)岸田外務大臣の発言の性格はいかなるものか。仮に政府見解というなら、どのような理由で、どのような手続きでもって、何時つくられたものか、こういったことを議論すべきだ。

 これらの問題はメルマガ・日本一新で何度も論じたことであり、会員の方々には恐縮だが、大事なことなので改めて整理しておきたい。私は吉田内閣の下田見解は法的に有効という意見である。「下田見解」が原点になって歴代内閣の『集団的自衛権行使違憲見解』になっている。この経緯を野党が調査し確認すれば、立法根拠に欠ける安保法制関連法案を国会に提出した責任を追及できる。当然、安倍内閣は総辞職すべき事態となろう。

 

 これらの事柄について、複数の野党に資料を提供して安倍政権を追求するよう要望しているが、7月29日現在行われていない。言いたいことは、戦後70年の間にいろいろのことがあったが、敗戦後の民族の悲願は「戦前の軍事国家へ回帰してはならない」ということであった。

「オタマジャクシは、カエルの子でない」との暴言まで繰り返して、自衛隊は軍隊ではないと嘘言を尽くして憲法九条を冒涜したワンマンこと吉田茂元首相は、戦前の軍事国家に回帰することを、共産主義革命と同等に恐れていた。米国の圧力により自衛隊設立したものの憲法九条の魂を皮ひとつ残すことに拘る。それが「集団的自衛権の不行使」であった。それを下田条約局長に表明させたのである。

 昭和29年12月、吉田首相は退陣にあたり。もっとも危惧したのが岸信介氏らによる「戦前への回帰」であった。解散して政権を続けると拘る吉田首相を説得したのは、又従兄弟の林譲治元衆議院議長の「国民を信じましょう」のひと言であった。日本国民は、戦前回帰の政治を拒否して今日に至っている。与野党の政治家にどれだけその信念があるか、不安でならない。 (続く)

 

      (「平成の日本の政治改革の原点」は休みました)

 

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