「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―286

 日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

 5月以来、堅い話が毎号続いたので、少し角度を変えて半世紀近く国会にいたときの思い出話を綴ってみたい。

 

(「塩爺」こと、塩川正十郎氏の思い出!)

 

 9月19日、塩爺こと塩川正十郎元衆議院議員が、肺炎のため93歳で死去された。旧岸派清和会では珍しく、さっぱりとした正義派の性格で、私は衆議院事務局時代、参議院員時代と、長いこと親しくさせて頂いた。ほとんど知られていない珍談と秘話を紹介しよう。

 

 葬儀で小泉元首相が涙ながらに弔辞を述べていたが、塩爺がいなければ長期政権は無理であったろう。小泉政権最大のピンチは官房機密費の元帳を共産党が暴露した事件であった。塩爺が一時政界を離れていた時、民放テレビなどで気軽に「官房機密費」を野党の国会対策費や国会議員外遊の〝餞別〟に使った裏話をしていた。ところでその塩爺が、何としたことか小泉政権のスタートで財務大臣となった。

 小泉元首相は弔辞でそのことを採り上げ、衆議院予算委委員会で共産党の追及に「忘れた」と答弁して、窮地を脱した思い出話を披露した。実はこれには後日談がある。塩爺の「忘れた」発言は収まらず、問題は参議院の決算委員会に移った。となると当時「機密費の平野」と称されていた私の登場となる。決算委員会の会議録から引用しておこう。

 

〇平野 福田赳夫政権ができたとき、塩川さんは官房副長官、官房長官が園田直さんで、私は園田さんの衆議院副議長時代に秘書をやっていた関係で、園田官房長官の下で塩川副長官がいろいろ活躍していたことを知っている。それから副長官を辞めて、衆議院の議院運営委員会の自民党筆頭理事になられた。細田議運委員長の下で、北欧と東欧に海外旅行して、衆議院事務局から私がお供をした。野党の議員に塩川さんは気を遣われて苦労され、それを手伝ったことを憶えていますよ。

 中曽根内閣の頃には議運班の海外旅行で、ドイツのボンから、当時の後藤田官房長官あてに、越智議運委員長の指示で与野党連署で礼状を私が書かされましたよ。「いろいろご高配頂いて順調に旅行は進んでいます」などと・・・・・。塩川大臣がテレビや雑誌で言ったことは本当なんです。否定なさるんですか。55年体制の悪いところは反省して、新しい政治の出発をすべきですよ。

 

〇塩川財務大臣 平野さんはそこまで言うたら、もうみんな知っているんだから、僕のことは・・・。だから、それはあれ言え、これを言えということになるんでしょうけれども、私もやっぱりちょっと触れることは勘弁していただきたい。

 

 と、シャッポを脱いで幕となった。

 

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