「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―304

 日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇 幻の「寺島実郎首相」擁立論!

 

 2月5日(金)午後6時半から、『週間金曜日』の主催で「創価学会・公明党の行方」と題して、私の話を聞く会が開かれた。私の話というよりも、佐高信氏から詰問を受ける会だった。指定された九段下の「寺島文庫」に少し早めに行くと、なんと、評論家の寺島実郎氏が主宰している一般社団法人で、それを知らない私は恥をかく始末となった。

 

 佐高氏と打合せをしていると、事務局の鈴木さんから「寺島がお会いしたい」とのこと。15年ほど前、何かのシンポジウムで一度だけ同席したことがあったが、その後の交流はなかった。見識の広さ、深さについてはかねてから敬意を表していた。テレビの生放送に出演する時間調整をしているとのこと。丁度良い機会と短い時間懇談した。

 

 驚いたことに、寺島氏は私のことをよく知っていた。理由を聞くと「三井物産で米国勤務の時代に、先輩で土佐出身の渡辺五郎という人物がいて、米国三井物産社長として活躍した後に日本に帰国。平成時代になって親交を続け、政治の話になると貴方のことばかり話題にしていた」という。

「土佐人は先輩は後輩の、後輩は先輩の悪口を肴に酒を飲むので、悪口を聞かされたんでしょう」と応じると「いやいや、小沢さんと一緒に自民党政権を潰したりした頃には、久しぶりに土佐人らしい政治家が出たといっていたよ」と、話題の中心は渡辺五郎氏の酒と女の武勇伝。
 10年程前故郷土佐を世界に出すべく、四万十川以西の縄文と空海の聖地に「老人が集う平和で健康な神の国」をつくろうと、私の案内で現地視察をする直前に心臓を手術をすることになり計画が頓挫した話などをしていると、佐高氏が私に「寺島さんとは政治の接点はなかったのかと矛先を変えた。

 

「そうそう、寺島さんを首相に擁立できないか、という構想があったんですよ」と言うと寺島氏本人はびっくり顔になる。「自自公政権時代、真の改革は不可能と離脱して、自由党が新しいリベラル政権をつくろうとした平成十四年頃、国民が納得するリーダーを民間から探そうということを小沢一郎さんらと相談し、寺島さんが第一候補となった。私が打診にいくことになり、伝(つて)を探しているうちに民主党と自由党の合併の話となった」と説明すると、佐高氏は「それは政界の秘話だ。成功していたら鳩山政権ではなく、寺島政権になっていたかも知れない!」と大いに盛り上がった。「勉強会に集まった人が待っていますよ」と事務局から促され、臨時懇談会は次の機会となった。

 

(『創価学会・公明党の行方』勉強会)

 

「文庫CAFEみねるばの森」は、各種勉強会などの会場として活用されている。そこには50人近い人たちが勉強会の開会を待っていた。主催者の佐高氏が集会の趣旨を説明して、私から創価学会と公明党との関わりについて話を始めた。要点は次のとおり。

 

1)公明党・創価学会との関わりは、昭和42年に公明党が衆議院に進出してきたときに始まる。当時衆議院副議長秘書であった私は、親交のある朝日新聞の柴隆治記者から次の要請を受けた。「政治の相対主義を理解しない創価学会という排他主義の宗教団体の独占的支援の政党の存在は、日本の議会民主政治の崩壊につながる。これに議会主義の理念と手続を教えることが必要だ。公明党の竹入委員長もこれに気がついて心配している。相談する人材を探しているので君を推薦しておいた。私大出で学生運動ばかりやっていたので、出世するつもりはないだろう。公明党が国会の中で議会民主政治を崩すようになれば、日本は独裁政治にもなりかねない。そうならないようにするのが君の生き甲斐と思ってくれ」と。

 

2)これに応じた私は、衆議院事務局時代のほとんどが、議院運営委員会や議長秘書など、国会運営の職場にいたこともあって、公明党からの相談に誠実に対応してきた。口の悪い人たちから、「公明党の裏国体」とも言われたが、事務局幹部も与党自民党も、そして野党の多くも私の行動を容認し利用していた。昭和60年の売上税問題の頃から、創価学会の幹部たちとの交流が始まり、日本の議会政治の問題などを議論するようになる。

 

3)平成4年7月の参議院選挙で、高知地方区から保守系無所属で出馬した。自民党と公明党が本部推薦で民社党や社会党も地元では支援してくれ、共産党まで故郷の四万十川以西では自由投票としてくれた。票数が少なかったのは推薦した自民党の票が半分しか入らなかったからである。政治改革や政界再編のための国政参加であった。

 

4)参議院議員になってから、公明党と創価学会とは一体化して活動するようになる。公明党は「米ソ冷戦終結」後、従来のように自社55年体制の中で「社公民」路線が機能しなくなる。新しい状況の中で創価学会と公明党は、非自民細川連立政権の樹立に積極的に協力する。その流れが「自社さ」政権成立後の『新進党』結成となる。ここまでは、衆議院進出の時に危惧された全体主義や独裁主義への偏向は消え、創価学会側から「カネ出して、ヒト出して悪口を言われ、これでは政党は要らない。宗教団体を理解する政党が結成できればよい」(池田名誉会長)となる。

 

5)この新進党結成に自民党が猛反発する。創価学会のかつての選挙活動の激烈さに恐怖し、徹底した弾圧をかけてくる。自民党の本質に、むしろ「独裁・専制主義」があると思った。その代表例が、暴力団が関与したと言われる「ビデオ事件」や「宗教法人法改正案」に絡めた池田名誉会長の証人喚問要求などによる、事実上の脅迫であった。創価学会でも、公明党でも議論があったが、さまざまな経過があって、昨年の創価学会での会長人事は常識派が破れ、安倍独裁政治と心中する道を選んだ。

 

6)『創価学会・公明党の行方』についてだが、過去も現在でも創価学会の幹部にも会員にも真面目で誠実な人たちがいる。この人たちは現在の状況を危惧し、行方を悩んでいることであろう。公明党は、平成11年に自民党と連立を組んで今年で18年目となる。与党としての利権を甘受することで生存している。同時に創価学会や民衆の常識と著しい矛盾が限界に達している。これからの国政選挙でその矛盾の破綻が現実になりそうだ。これまでのように、与党の利権にありつこうとするなら、憲法9条第2項の改正に賛成することが必要となる。さてさて「おおさか維新の会」と共存できるのか。私は現在の公明党には何も期待しないが創価学会の常識派の再建に期待している。

(以上)

 

 会場には数人の創価学会会員も見え、質問もいただいた。政教分離について健全な意見を述べていた。現在の安倍政治の行方に切実な悩みを持っているのは、真面目に生きてきた創価学会会員ではないかと思う。

 

〇「甘利問題」への民衆の眼力は鋭いぞ!

 

 私は健康維持のために週一度柏市内の『治療室』に通っている。2月6日(土)の昼過ぎに顔を出すと、60才近い経営者の指圧師がえらい剣幕。

「ボクは柏市内にある〝甘利歯科〟で小学生頃から、親子二代の先生にお世話になっている。武田信玄の重臣の子孫というだけあって、立派な人格で患者から尊敬されている。その同じ子孫の甘利大臣の口利き汚職の態度は何だ。ウソばっかりだ。今度こそ、自民党政治の腐敗をテレビ・新聞が炙り出すと思っていたら、〝清原覚醒剤事件〟の報道ばかりだ。

 ボクは甘利大臣口利き事件の報道を、国民の頭から消すため、安倍官邸が〝清原逮捕〟をさせたと思っている。あれ以来、報道番組のメインが清原一色になった。有名人の覚醒剤問題も社会問題として大事だろうが、甘利問題は単なるスキャンダルではない。政治の根本問題ですよ。ここまで、安倍政治がマスコミをコントロールできるとすると、日本はどうなるんですか!」

 

 私が「マスコミが自主的に安倍首相に忖度して、甘利問題を抑えて清原問題を過大に報道しているかも知れんが、官邸が直接圧力を掛けているとは思えん」というと、「平野さんは甘いよ。ここに来る患者のほとんどは、ボクの意見と同じだよ。民主党の甘利問題追及だって、テレビや週刊誌のコピーでしかないでしょう。民主党衆議院議員がツイッターで〝甘利追及はほどほどに〟と打っているぐらいですよ」民衆の中には鋭く政治の劣化を見抜く人々がいることを実感した。

 昭和初期に『阿部定事件』という猟奇事件を切っ掛けに、エログロ報道が民衆の人気となる。これは軍部が軍国主義を進めるために報道機関に働き掛けたものといわれている。『清原覚醒剤事件』が、安倍政権によって政治利用されないよう。十分な監視が必要である。

 

     (「政治とカネ」自民党悲喜劇物語は休みました。)

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