「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

私たちの国が危ない!―2

          日本一新の会事務局・大島 楯臣

 

(近代史における『3回目』の敗戦!)
 前回、私は「これは『戦争』である」と記した。それに対し、「日本一新の会」ブログ投稿欄(維持会員限定)に、戸田学さんが「敗戦ではないか」と書いているがその通りである。しかも、私は日本近代史のなかでの3回目の敗戦だと思う。
 第1回は「明治維新」であり、時の指導者の尽力により最悪の植民地化は免れたものの、不平等条約と、鉄道に狭軌・広軌が混在し、原発問題で俎上に上った交流周波数が東西で違う問題など、その実は、日本の伝統をことごとく破壊しつくした「文明的敗戦」といえる。
 第2回の敗戦は説明の必要がない。文字どおり、法的にも物理的にも、徹底的に叩きのめされた昭和20年8月15日である。広島・長崎には原爆攻撃を受け、東京大空襲に代表されるように、地方の主だった都市にも無差別の空襲を受け、多くの無垢の民に犠牲を強いた。もし万が一、東京大空襲のような無差別爆撃を、今の時代に敢行したと仮定すれば、ただちに国連の「安全保障理事会」が非常召集されるだろうし、そしてまた、原爆攻撃も然りである。

 第3回はいうまでもなく、東日本大震災と、それに起因する福島原発災害である。私は、東日本大震災のみで終わったとするならば『戦争』という規定はしなかった。『戦争』規定の要因は福島原発災害を併発したことで、東日本大震災の性格が、世界規模で変わってしまった。

 国際原子力機関(IAEA)の天野事務局長がすっ飛んできて、日本政府の対応に、クレームに等しい注文を付ける、米国のオバマ大統領から複数回の電話を受ける、サルコジ仏大統領も、事実上の国営原発企業であるアレヴァ社CEOを伴って飛んでくる、さらには、独の外相来訪など、災害救済に全力を注いでいる(はず)の政府要人に会いに来る。それなのに、世界の政府要人がその『戦後処理』に入ったとする認識が、政府にも、そしてマスメディアにもない。


 原子力空母ドナルド・レーガンを投入した『トモダチ作戦』とは、法的解釈は別にして、事実上の日米安保条約の発動と私は思う。これに対して、反安保の社民党・共産党からはひと言も発せられない。それとも、『戦争』はダメで、人命救助は良いというのだろうか。これをして詭弁と言わずして、他に適当なことばが浮かばない。

 私は、平野代表がたびたび指摘する『政党溶融』現象の露呈であり、民主党だけでなく、すべての政党・国会議員が『無政府状態』、またはその黙認という『政治的放射能被害』を全世界に向けて発散し、物笑いの対象と化していると理解している。

 ことわっておくが、私は『トモダチ作戦』そのものを批判しているのではない。政党の、もっというならば、私たち自身の問題として、日米安保条約と国連の問題について、平時に国民的議論を進め、事前に整理をしておくべきだった。その子細は「日本改造計画」(小沢一郎著)や、「自由党の挑戦」(平野貞夫著)を始めとして、多くの資料があることから、これほどで止めたい。

(バラック建ての『利権戦後処理』を急ぐな!)
 報道では「与野党の大連立」が喧伝され、復興増税新設など、政界では早くも「災害復旧利権争い」が顕在化しつつある。私は、4月3日(日)の午後、大阪市上本町にある貸し会議室にいた。ここでは、日本一新の会・関西地区有志の会の活動を日常化するために、10名ほどの維持会員さんと協議・相談中だった。そこに、自民党のある中堅参議院議員から電話が入り、20分ほど話を聞き、私の見解を述べた。

 彼は、私が日本一新の会事務局を担っていること、かつ、平野代表の、あまり役には立たないが「使いっ走り」を務めていることを承知の上での電話だったから、その内容は推して知るべしである。

 彼の発言内容をここに書くわけにはいかないが、私は「ことを急ぐな。喫緊の課題は被災地の救命・救済であり、それは行政執行に長けている官僚に任せるべきである。原発対応も同じであり、アメリカであれ、フランスであれ、そしてまた平和条約ですら未締結のロシアであっても、その技術を借りて、最悪の事態を回避すべきである」と答えた。

 一方では「ただちに衆議院を解散し、日本再生のヴィジョンを競うべきだ」という意見が届き、これもまた正直なところ驚いている。なぜならば、地方選挙でさえ先送りにしている被災地で、「新しい国づくり」を議論する落ち着いた選挙ができるのか。そしてまた被害を受けていない地方自治体は、選挙実務の手足となる職員を被災地に派遣しており、地方行政は人手不足に陥っているのにである。

 繰り返しになるが、まず急ぐべきは、行方不明者の捜索と併せ、瓦礫の片付け・仮置き、一方での被災者救援、これは仮設住宅を満たすだけには止まらない。全国の官・民が所有する空き家を総動員して、可能な限り地域のコミュニティを維持する仮住まいの確保と当座の生活補償、そして、かろうじて住宅の被災は免れたが、食糧供給を含む生活維持機能を失った方々への対応などがある。電力・水道・ガスの復旧も当座は最低限として本格的な復旧は後にする。電力は工事・非常時用の自走発電車が相当数ある。都市ガスも本管復旧は後にしてプロパンガスで代替する。ガスボンベが足りなければ、各家庭用に二本立ちとしているところを、当座は一本にして全国からかき集める。水道も、設置型浄水器、井戸掘りなどで当座を凌ぐなど、その道の専門家に任せればいくらでも智恵は出るはずである。

 先の戦後処理は国民総じての茫然自失の中で、占領下で始まった。憲法・徴税制度しかり、そしてまた教育も、制度のみならず、その内容さえも彼らに変質させられた。私たちの世代がお世話になった学校給食の「脱脂粉乳」は益の一つではあるが、そうこうしているうちに、朝鮮戦争が勃発し、莫大な戦費投入が「戦後復興」を先導した。

 しかし、幸いにもこの度の敗戦被害は限られた地域であり、生き長らえた地域と人の数が多数である。ならば、既に始まった被災者を迎える仮住まいの確保・受入体制整備など、当座の安穏を補償する作業を加速することである。その環境を整えて後、被災者を含む国民が落ち着いた時に始めてこの国のあり方を問わなければ、私たちの『政治参加』は再びその手を離れる。

 

(真の独立を果たすために!)

 4月4日(月)の毎日新聞に、哲学者・梅原猛氏の「千年先を見なければ」と題する特集ワイドが掲載されている。副題は「巨大地震の衝撃 日本よ! この国はどこへ行こうとしているのか」であり、「草木国土悉皆成仏」は一考に値する。
 その文中に「電気もガスもなかった江戸時代の人間が、現代の人間より不幸だったか? むやみにエネルギーを使わない文明を考えないとあかんなぁ」とあり、私は痛く共感した。

 話題は小松左京のSF小説「日本沈没」を引き、東日本大震災に類する今日を予測した田所雄介博士を評している。田所博士は野人で、天才的猪突猛進型に描かれていると紹介している。「日本社会は異端を嫌う。学者も孤独を恐れる。それでは真の学問はできませんよ。哲学でも千年先を見据えた新しい哲学をつくらないと」とまでを読み進み、私ははたと膝を叩いた。

 それは平野代表が口を尖らして、念仏のように唱えている「現代は、ハゲタカ資本主義から、情報通信社会への文明の移行期にある。現下の混乱の要因はそこにあり、次に目指すべきは共生社会である」との理念(哲学)であり、それは取りも直さず、私たちの国の「真の独立への指標」だからでもある。

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