「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―339

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇 東京都「豊洲問題」に思うこと!

 

 10月8日(土)恒例のデモクラTV「永田町風雲録」の収録終了後、参加した市民スポンサーが私の話を聞きたいとのことで張り切って出かけた。ところが事前に聞いていた話とは大違いで、最後は主催者から追い出されるような扱いを受けて実に不愉快だった。しかし帰りがけに4・5人の参加者から「もっと話を聞きたかった」と声をかけられた。

 参加者との懇談は「豊洲問題」で20年ほど前「築地移転」に関わった話をした。問題の基本となるので要点を述べておく。

 

 平成10年頃自由党を結成した直後だった。当時すでに大きな政治問題になっていた「築地市場移転問題」で、東京都選出の東祥三衆議院議員の要請があり「移転反対」の業者の会合に自由党国会議員が10名ほど出席した。この中に小池百合子現都知事もいた。この会合は移転反対で築地で建替派の世話役15人ほどと会食しながらじっくり懇談した。話の中で移転先が「豊洲の東京ガスの埋立地」が有力とのこと。これを潰す運動をどう展開すればよいか、これが主なテーマだった。

 

 その時の私は、昭和39年の東京オリンピック準備特別委員会の担当者で島村一郎委員長の秘書役のような仕事をしていた。施設や交通網の整備のため、東京湾の埋立の歴史を勉強する機会があった。今の報道を見ていて「豊洲埋立」の歴史を、その懇談会で話したことが鮮明に甦っている。「豊洲」は、明治時代から少しづつ埋立が始まり本格的には大正12年の関東大震災で出た瓦礫などの処理のために埋め立てたのだ。さらに太平洋戦争中には、「豊洲埋立地」で、日本軍の「毒ガス」を製造する拠点だったようだ。また関東大震災の瓦礫の中には、身寄りのない遺体も相当あったようで、そういった怨霊が浮かばれていないんですよ。「毒ガス」だって人倫に反するもので、それを生産していたところに生鮮食品市場を建てるなんて人道に反することだ。必ず「祟り」があると反対運動をしなさい、というのが当時の私の進言だった。

 

 現代の政治・行政は、どんな汚染地でも科学的な浄化が証明されれば安全だということで進んでいるが、歴史の中で人間の営みを浄化するのは科学ではできない。ここに朝日新聞のOBたちがいるが「欧米の価値観」による限界を知るべきではないかと皮肉っておいた。

 

〇 私の「共産党物語」 24

(参議院選挙で与野党逆転、共産党と自由党が初めて共闘!)

 

 平成10年7月12日に行われた参議院選挙は、私にとっては任期満了で2回目の挑戦となった。初回は保守系無所属で表向き「自民と公明」両党の推薦を受け高知地方区からの当選であった。その後、自民党に3ヶ月半所属し、新生党→新進党→自由党と、政党を離れたり創ったり潰してきた。宮沢喜一首相からは「永田町のナマズ」という綽名を頂戴した。高知地方区では「明治・大正期の土佐人らしい」と、頑固で強烈な支援者がいたが、時代は平成の情報化社会である。すっかり「疫病神」にされていた。

 そんなことで、自由党の全国比例区からの出馬となった。ところが新進党解党の余波が残っており、専門家の予想は比例区当選は1名程度ということだった。私は当時の制度で名簿3位だったので、当選は無理だと確信していた。6年の任期中、言いたいことをいい、やりたいことをやってきたお礼と高知地方区には菅原美香女史(自由党高知市支部長)を擁立し、全国を駆け巡った。

 

 参議院選挙の結果は財政経済の失政を第一の原因として、橋本自社さ政権は惨敗する。崩壊確実と言われた自由党は、比例区で520万票を得て5名を当選させた。私も奇跡的に2期目の当選を果たした。この年の4月に結成された民主党は大きく躍進し、共産党も議席を大きく増やし、社会党から名称を変えた社民党は激減した。新しい参議院の構成は非改選議員を含め、自民103・民主47・共産23・公明・22・社民13・自由12・さきがけ3・改革ク3・二院ク1・諸派無所属25となった。

 自民党は大幅な過半数割れとなり、社民もさきがけも連立政権から離れた。橋本首相は引責辞任し自民党は総裁選挙が行われて、経世会竹下派の小渕恵三氏が当選し、自民党単独政権が生まれた。大幅に過半数を割った、小渕自民党政権は折柄の「金融危機」に直面し、政局運営の苦闘が始まる。

 この選挙で、共産党と私にとって寂しい思いがひとつあった。それは上田耕一郎氏の引退であった。実は共産党の参議院議員団長などを勤め、人格者で知られていた吉岡吉典という長老議員がいた。外交・安全保障問題で専門家がシャッポを脱ぐ見識を持っていた。この吉岡議員が、共産党から攻撃されている私を心配してくれ、親友の上田耕一郎議員と修復策を相談してくれていた。

 吉岡議員との付き合いは、平成7年7月の参議院選挙で新進党が躍進し、議員宿舎の入れ替えがあったときからであった。それまで紀尾井町の狭い議員宿舎を使用していたが新人議員が増えて麹町の広い議員宿舎に移った。吉岡議員の部屋が「104号室」で、私の部屋が「105号室」と隣り合わせであった。時々2人で麹町宿舎から国会議事堂まで、歩きながら世間話や思い出話をしていた。あるとき、私が「法政大学の学生時代、私は『前衛』や『赤旗』編集長の吉岡吉典という人物に憧れていましたよ」というと、嬉しそうな顔をして「そんなことを言ってくれる共産党の国会議員はいなくなりましたよ」と思い出を話してくれる関係となった。平成9年4月の「赤旗」による私への批判のときも、小さな声で「誉めるわけにはいかんが、気持ちは分かるよ」とまで言ってくれた。

 参議院選挙で自民党が惨敗し野党が協力すれば自民党単独政権を窮地に追い込めるとの見通しができたころだった。吉岡議員から「共産党も国会運営で野党各党と協議して協力していくことになった。ついては、うちは世代交代で執行部が若いので平野さんに相談することが増えると思う。よろしく頼みます」と挨拶があった。この話でこれまでの私に対する悪感情は消えたと確信した。以後、参議院共産党の筆坂秀世議員・山下芳生議員・小池晃議員らと頻繁に会うようになる。

 

(失敗した〝野党議長〟の実現!)

 

 平成10年7月30日に臨時国会が召集された。最初の議事は橋本内閣総辞職に伴う内閣総理大臣の指名であった。これは野党協議により、決選投票で民主党代表の菅直人氏に投票することになっていた。

 最初の投票が小渕(自)103票、菅(民)98票で過半数を得られず、決選投票で菅(民)142票、小渕(自)103票で参議院は菅直人を指名した。衆議院は小渕恵三を指名したため、両院協議会が開かれ、憲法の規定により小渕氏が首相に決まった。

 問題は議長選挙であった。自由党の小沢党首の発想で野党から議長を出す交渉を野党間の協議で提案した。共産党は直ちに賛同したが、他党は〝これは大変だ〟と態度を留保した。民主党は明らかに困惑気味で「参議院の先例は第1党から議長、第2党から副議長となっており、この先例を壊すことは困難だ」という言い分であった。公明党や他の野党は様子見であり7月30日の召集日の一週間ぐらい前から激論を続けていた。

 共産党関係者には「国会先例」の意味や性格を理解してもらう良い機会だった。私が、議長の選出についての先例は自社55年体制の時につくられたもので自社談合政治の象徴である。民主党には旧社会党議員が多数いていろんな意味で自民党に依存する面が残っている。首相指名では参議院が協力して民主党の菅代表を選んだので、議長選挙でも野党が協力して野党の議長を選出するのが筋ではないか、と正論をぶち上げ、共産党からせいやせいやの評価を受けていた。この問題は民主党が自民党の説得というか、社会党時代の馴れ合い政治を抜け出すことができず、共産党と自由党の主張は押し切られた。自民と民主の両党で裏取引があったようで、仮に野党議長が実現していたなら、自民党政治を追い込めることができたが、残念な結果となった。

 

〈自由党の開会式ボイコット論を制止した共産党!〉

 

 野党議長論が成功しなかった口惜しさは私だけではなく自由党、そして共産党にも残った。自由党の中には「平野の責任だ。自民と民主の談合政治に抗議するため、何か策を考えろ!」との声が出た。いささか頭にきていた私が「それじゃ、8月7日の開会式を共産党と一緒にボイコットをするか」と感情論的猿知恵を提案したところ参議院自由党でその放言が党議となった。参議院共産党に自由党の方針を伝えると、開会式ボイコットの同志ができたとばかりに喜んでくれた。難問は小沢党首を説得すること。小沢党首は考え込んで、不破共産党委員長と相談してみるとのこと。私は不破さんが賛成するものと期待していた。小沢党首と不破委員長は何回か話し合い、猿知恵を出して4日経た開会式の前夜、(6日の深夜)に、筆坂参議院議員・政審会長が自由党控え室に来て、相談があるとのこと。

「自由党は開会式に従来通り出席してもらいたい。共産と自由が一緒にボイコットすると、世論は共産党が誘ったと思う。共産は開会式の天皇の関わりを改革してくれと主張している。その実現を待っているところだ」

 この話を聴き、共産党は開会式に出席する方策を懸命に検討していることがわかった。

              (続く)

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