「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―340

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇「自由党」再起への小沢一郎の思い!

 

 10月12日(水)、かねてから相談していた『私の共産党物語』の出版について小沢さんに報告に行った。「メルマガ・日本一新」に連載中のもので、当初は来年春頃に刊行できればと思っていた。しかし解散風が吹き始め、本物になりそうになって年内に刊行して共産党アレルギーを少しでも減らすべきとの声があちこちから出るようになった。急な構想だったが『詩想社』が協力してくれることになり、12月中旬に刊行できることになった。小沢さんに、この報告に行ったのは「自由党」と党名を変更し、記者会見をした直後だった。

 小沢さんは記者会見で、「年明けの衆議院選挙の可能性が高い状況で、党の態勢を一新して臨みたい」などと述べたようだ。私には「平成10年から6年足らずだったが、自由党時代には政治理念や政策に筋の通った活動ができた。成果を〝日本一新十一基本法案〟としてまとめ、国会に提出して解党して民主党に合流した」と、その後の苦労を思い出したのか、しばし目を閉じていた。

 そして、「原点回帰ではないがみんなの気持ちが一致したので、時代も変わったし、当時の発想を全員で見直して新しい事態に対応しようということだ」と。そこで私は「来週、1時間いただきたい。〝自由党再起への思い〟を語ってもらいたい。12月中旬に出版する本のメインテーマにしましょう」と提案し快諾を得た。19日午後4時半から1時間私がインタビューすることになった。

 現時点で私が構想しているのは、題名は未定だが、1)小沢一郎が語る「自由党再起への思い」、2)平野貞夫の「共産党国会物語」、を予定している。   

 

 その狙いは「小沢・共産党アレルギー」を治療することだけではない。これ以上安倍自公政権を続けることは、日本だけではなく世界の安定や人類の福寿の妨げになることを発信して、政権交代が必至であることを訴えたい。

 出版に協力してくれる『詩想社』は植草一秀氏の紹介であり、『資本主義の終焉、その先の世界』や、『誰がこの国を動かしているのか』などの新書で知られている。拙筆ではあるが私の意図するところをご理解願い、多くの人に知られるように、またまた会員諸氏の多大なご協力をお願いしたい。

 

〇 私の「共産党物語」 25

(政局の流動化を見通していた共産党)

 

 平成10年7月30日に召集された臨時国会は「参議院の構成」という国会法に基づく役割だけではなく、橋本内閣総辞職という政局問題があった。その背景には、橋本自社さ政権の経済政策の失敗から発した「金融危機」があり後継の小渕政権は自民党単独・参議院少数ということでスタートする。そんな中、民主党の菅代表が自民党の加藤紘一幹事長に「金融危機を政局に利用しない」とあらぬ約束をする。共産党と自由党は金融危機をつくった自民党の経済政策に問題があり、議会政治は常に政局であるとして菅代表を批判した。現実は長期信用銀行等の破綻などきわめて深刻で、政府自民党は野党の政策提案を丸のみにして「金融機能早期健全化法」等を成立させて、金融危機を乗り切っていく。

 

 これらの対応で、小沢自由党の協力が小渕政権にとって役立ち、小渕首相と小沢党首の間で旧交を温めることになる。日本の抜本改革について基本政策を共有するようになる。10月末から水面下の「自・自連立」交渉が始まり、翌11年1月9日には政策協議を終え、自自連立を発足させた。しかし、この動きの裏には、野中広務官房長官による自由党を利用した公明党の政権への取り込みがあり、俗にいう〝自由党ザブトン構想〟があった。

 自・自連立政権は政府委員制度廃止・副大臣制度の設置・党首討論の導入などを内容とする「国会審議活性法」を成立させた。この国会改革は自由党が連立の条件として自民党に要求したもので、民主党も公明党も賛成したが共産党は反対した。政権交代を促進するための法整備であり、この時期、共産党にとって悩ましい問題であったが強い反対はしなかった。

 自・自連立は、同年10月には「自・自・公連立政権」となり、野中官房長官のシナリオ通りとなる。これらの政局に共産党は保守体制の再編として厳しい批判をした。当然のことだ。一方で、「自・自・公」政権が不安定なものであり、政局の流動化を見通していた。これらの保守体制の整備を水面下でやっている私を批判せず、自民党改革の促進を期待していた。私は吉岡吉典参議院議員や参議院の若手と情報交換をするようになっていた。

 

(小沢自由党の政権離脱と野党協力の強化)

 自由党は10月の「自・自・公」連立政権成立直後から、参議院の多数派対策のため自民党守旧派に利用されたことに気がつき、政権離脱論が出はじめた。世論調査でもこのままでは次期総選挙で激減するデータが出る。この時、最も強固に政権離脱を主張したのが、現東京都知事の小池百合子氏と私のふたりだった。

 平成12年が明け、自民党と公明党は自由党の政権離脱を防ぐために、政権協議の重要項目のひとつである「衆議院の比例区定数」20名の削減を、常会冒頭に実現した。比例区を必要とする共産党は強く反対した。1月中旬小沢党首を中心に、「日本一新!五つの指針―新しい国家目標」を策定し、小沢党首は小渕首相に「新しい日本を創る方策」として提案した。小渕首相は理解を示したが、自民党内は公明党と連立すれば国会運営は多数でやれると、自由党の政策提言は邪魔になるとの姿勢だった。

 自由党の政権離脱問題は3月の年度末になってクライマックスを迎える。連立政権協議のとき合意した重要政策がまったく協議されてなく、自由党は支援者から厳しく批判を受けていた。小沢党首は連立合意の重要政策を協議し実現するかどうか、小渕首相と神崎公明党代表に確認するため3党首会談を要請した。 平成12年4月1日午後6時から行われることになる。

 3党首会談では、自由党小沢党首が「今国会中に政策合意して実行するのか否か」と問いかけ、小渕首相は「不可能だ」と回答。公明党神崎代表も「首相と同様」と回答した。小沢党首は「遺憾である。(連立への)私の判断を3日の自由党全員議員懇談会で伝え党としての態度を決めて両党首に伝える」と回答を延ばした。

 3党首会談が終わった直後、野中幹事長代理が一枚のペーパーを記者団に発表するよう小渕首相に渡し、小渕首相はペーパーを読んでいるうちに、自分が小沢自由党を連立から切り捨てる内容であることがわかった。小沢自由党から連立を続けるかどうかの回答を受けることが、自分で切り捨てることになっていることに小渕首相は驚くが、自民党執行部の意向に逆らえなかった。この小渕首相の記者会見をテレビ中継で視ていた専門医は、小渕首相の表情に脳梗塞の初期症状が現れていると、後日語っている。

 

 4月1日の深夜、小渕首相は順天堂医院に緊急入院する。小渕首相の病状を医師団が発表したのは5月14日に死去した直後で、「入院した直後には昏睡状態であり、官房長官に指示を出すことは医学的に不可能」というものだった。この間、4月3日に青木官房長官が「病名は脳梗塞」と発表し、「小渕首相から首相の臨時代理の任に当たるよう指示された」と嘘をつき、4日に総辞職を決定し、自民と公明は自由党から分裂した保守党の3党で後継に「森喜朗政権」を成立させた。森喜朗政権を成立させるにあたって、自民党は「宏池会」を排除して、主要な派閥のボスが密かに談合して、後継の総裁を固めるという暴挙を行った。さらに、昏睡状態の小渕首相からあり得ない指示を受けたと偽り、青木官房長官等が憲法70条をはじめ数々の法規を冒涜し違反するという犯罪行為を行った。 

 私は森政権の樹立に議会主義と憲法上の正当性がないとし4月25日の参議院予算委員会で、「このやり方で健康な総理を病院に拉致して意識不明とし、医師団に真実を発表させなければどんなことでもできる。森政権は憲法政治を破壊して談合クーデターでできたものだ」とテレビ中継の中で追及した。私の発言は予算委員長職権で取り消された。しかし私は、本会議や法務委員会で繰り返し発言したため、自・公・保の与党3党は、私を懲罰委員会に付する動議を提出した。森政権の反憲法性を追及できる絶好の機会と腕まくりして準備していたが、6月2日に衆議院は解散となり不発に終わった。この事件には、憲法や政治学者をはじめ、有識者からの議論はほとんど出なかった。地方大学の憲法学者が一人、私の同意見のコメントを地方紙に載せていたと記憶している。国会議員では私の強気を心配してくれる人が多かったが、共産党の吉岡吉典参議院議員の支援が有り難かった。「平野さん、総選挙が終われば野党協力を本格的に議論しないと、日本の国会は諸外国から笑われますよね」と。

 

 総選挙では、自民党と公明党が「小渕首相を病気に追い込んだのは小沢一郎だ!」と、マスコミを総動員した小沢叩きのキャンペーンで自由党は苦戦を強いられる。さらに、自由党から25名が離党して保守党を結成して与党に与し傷だらけであった。残ったのは24名で文字通りの死闘となる。「小沢の政治生命はこれで終わりだ」と言われたが22名を当選させ、比例区で658万9490票を得た。保守党は7名の惨敗であった。自民党は現有議席を減らし、公明・保守との連立政権を継続させる。民主党も政権交代できる状況ではなかった。総選挙後、野党各党間で森政権に対峙するには本格的協力が必要だとの雰囲気が出る。その主導権をとったのが小沢自由党党首で「社民党と共産党との憲法観共有が鍵だ」とし、基本問題を研究することになる。 

(続く)

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