「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―359

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              日本一新の会事務局


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            日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇 「五島正規先生を偲ぶ会」に出席して

 

 2月19日(日)、高知市の新阪急ホテルで「五島正規先生を偲ぶ会」が開かれた。昨年11月14日に逝去し、家族葬を済ませていた。高知県では県立病院や勤労病院院長など地域医療で貢献したことで知られていた。平成2年に衆議院議員に高知県区で社会党から当選、民主党を経て平成17年まで勤めた。

 私の生家が医者であったこともあり、五島先生とは衆議院議員に当選する前から交流があった。当選時には、私が衆議院事務局委員部長で社会労働委員会の運営などで相談を受ける仲であった。私が平成4年に参議院議員に当選すると五島先生は社会党改革派で、党派は違っていたが国会改革などで政治の刷新運動を一緒に行動した。平成15年の民由合併で、民主党で一緒に活動するようになる。五島先生が議員辞職後参議院を引退していた私が引っ張り出されて、民主党県連代表を、ノーバッチで三年間勤めた。逝去されるまで足掛け13年間、高知県政だけではなく国政全体の同志として活動した仲であった。

 

(「故人を偲ぶ会」は、過去の人の出合いを再生する)

 

 五島先生を偲ぶ会には、3百人を超える友人が全国から駆けつけていた。式典は10人の弔辞や思い出話などで厳粛に行われたが、驚いたのは何十年ぶりに会うとか、何かの切っ掛けがないと会う機会がない人とか、初対面の人でも共通の友人がいたとか、会合の前後の控え室での懇談がおもしろかった。五島先生の思い出話の中で出るわけだが、まさに「五島正規死して、新たな人間関係をつくる」といえる。幾つかを紹介しておこう。

 

1)山本有二農水大臣に、安倍首相の「ハマグリ虚言」を追及!

 10年ぶりに山本農水大臣に会った。五島先生とは平成2年の総選挙が初当選の仲である。私が安倍首相の施政方針演説で「野中兼山・ハマグリ養殖でいまでも高知が潤っている」の虚言は、山本農水大臣が教えたのか、と冗談で攻めると、「私じゃありません。出入りのコピーライターからの話」とのこと。私が「閣議決定する文書だよ。重大な問題だ。水産関係の山本大臣の責任でもある。取り消すべきだ」と注文を付けると、「先輩は相変わらず厳しいですな」と、山本大臣は頭を抱えていた。

 

2)阿部知子に誉められた

「グローバル・ミリタリー・キャピタリズム」の造語

 阿部知子といえば、民進党所属の衆議院議員で、東大医学部卒の女医として知られている。五島先生とは医師仲間で社会党時代からの同志だった。会場の来賓席が隣で、2人だけでヒソヒソ話ができた。「五島先生が時々平野さんの話をしていましたが、どんな関係があったんですか」とのこと。私が、三親等内で医師が5人、歯科医が3人という医系家族の関係で、政治とは別に以前から親しかったと説明し、五島先生が亡くなる2ヵ月前、電話で政治に行方を心配して「何かあったら阿部先生と話してくれ」と、遺言のような話があったことを言うと、しんみりとなった。

 これまで私は阿部さんとは話をしたことがなく、五島先生がこういう形で出合いをつくってくれたかと驚いた。いまの政情が話題になったので、私が「集団的自衛権容認で憲法9条を葬った安倍政治」について、これで世界中が「グローバル・ミリタリー・キャピタリズム」の輪が完成した。マルクスは幕末の日本開港を「資本主義の輪がつながった」と言ったが、同じ歴史的意味があたらしい定義です」と、協力を約束してくれた。

 

(横路孝弘元衆議院議長との懇談)

 横路先生との再会も久しぶりで、10年ほど前に高知市で五島先生の会合で会食して以来であった。父上の節雄先生が園田直衆議院議長と親友で、その時期に急死され、園田副議長の指示でさまざまなお世話をしたのが、半世紀以上前のことであった。五島先生の関係者が夕食を兼ねた懇親会の場をつくってくれた。話の中心は最近の国会審議問題であった。

 私からは「60年安保時代」の社会党横路節雄氏等の強烈な質問・審議力が、岸信介首相が強行した「日米安保改定体制」を封じ込めて、平和路線を護れたのだ。その意味で現在の野党の議会主義への発想に問題ありと指摘しておいた。

 

〇 日本人と『憲法九条』 6

(憲法9条の法源とは何か)

 

 憲法9条の「戦争の放棄」を日本人が受け入れて70年となる。この70年間、日本は「戦争」というものをしていない。明治維新で近代化した日本は、太平洋戦争で敗戦するまでの77年間、外国と事実上の戦争を行ったのは5回にのぼる。

 新憲法になって70年間、世界が平和だったわけではない。「9条を改正して再軍備をすべし」、との米国の圧力をはねのけて戦争に参加しなかった事実は貴重である。しかし、9条の解釈や運用に、国際政治の中で問題があったことも事実である。

 この憲法九条を護ろうとする、日本人の無意識(深層心理)を形成した時代が徳川体制であったと、哲学者の柄谷行人が論じていることは何度も説明したとおりである。確かに関ヶ原の合戦が終わり、慶長8年(1603年)に家康が江戸に幕府を開き、同20年に夏の陣が終わると、応仁の乱(1467年)から始まった戦国時代が完全に終わる。これをマクロに考えた場合、徳川体制が「戦争放棄」の思想を歴史の流れの中に形成したといえよう。その意味で「柄谷理論」の通りだと思う。唯、私はそれだけで満足できない。

 人間と戦争(武力による争い)は切っても切れないものである。人間に欲望本能があるかぎり、争い(戦争)は人間の業である。「徳川体制に憲法9条の先行形態がある」と論じることは、憲法9条の法源は徳川体制にある、ということになる。この「法源」という言葉が、最近の法学教育でほとんど無視されているが、憲法の基本原理についての法源を無視していることに、今日の憲法冒涜現象の原因がある。念のために「法源」とは、法が妥当として存在する根源のことである。

 その意味で憲法9条の法源を究明しようとするならば、徳川体制が成立する中で具体的に「戦争の放棄」という考え方を、家康を中心に徳川体制づくりをした人たちの中で、それを体制の信条とするできごとがあったかどうかを検証する必要がある。さらに、徳川体制に至る日本社会の歴史の中で「戦争の放棄」という思想信条が存在したかどうか、存在していたなら、それは何かこれらの究明を行わなければならない。もとより、歴史学の専門家でない私が、これに挑戦しようとするのだから乱暴な話であることをお断りしておく。

 

(「戦争放棄」は「命と生活」を護ること)

 憲法9条を文言だけで解釈すると、その対称が「戦争」という国家の行動に限られ法源を見失うことになる。憲法の構成をみても、前文があり第一章が「天皇」である。これは国体の根本であり、別枠としておこう。

 第2章が「戦争の放棄」である。これは憲法の根本であり何のための規定かというと「国民の命と生活」を破壊する「戦争」だという認識をすると、憲法そのものの中心に位置するものであることがわかるであろう。

 という視点に立って、徳川体制をつくる過程で「命と生活を護る」ことについて、特筆されるできごとが何かなかったか。これを検証することが大事ではないか。

 

(『慶長の法難』の勃発)

 古代からの日本人の「生命観」という大問題は、ここでは触れないことにしたい。徳川体制における「人間の生命観」については、徳川家康の「生命観」について論じるべきだが、これは「お万の方」の影響をうけているので、お万の方の「生命観」を理解しなければならない。『慶長の法難』といわれるものが、その対象となると言うのが私の見方である。

 関ヶ原の合戦も終わった慶長6・7年頃、家康の側室・お万の方は、京都伏見城にいて、京都在住の日蓮宗の高僧たちに〝法華経〟について教えを受けていた。その時代の世相は、関ヶ原の合戦後の武士たちの無惨な姿や、暮らしに悩む庶民がいたるところに溢れていた。お万の方は自分の幼少期の苦労の日々を思い出し、和らいだ世の中の到来を、師の日遠上人から教えを受けていた。

 慶長12年(1607年)、家康は修築がなった駿府城で隠居することになり、お万の方も2人の子息と一緒に城に入ることになる。家康とともに愛児と水入らずの暮らしができることになる。その頃、〝法華経の恩師〟日遠上人も身延山久遠寺20世として、駿府の近くで布教していた。お万の方にとって喜びの日が続いていた。ところが慶長13年11月、法華経だけでなく、身延山や日蓮宗の存立を揺るがす重大事件が起こる。それが『慶長の法難』である。               

 (続く)

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