「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―51

日本一新の会・代表 平野 貞夫

 

(被災した東北の人々の心情)

 

 今回の東日本大震災で、未曽有の被災を受けた東北の人々の様子が、テレビなどで報道されている。それに対して多くの人たちから「被災したはずなのに東北の人々は決して不平をいわない。小さな善意にも心底から感謝する。その純な気持ちが直に伝わってくる。素晴らしい」と、感想をもらすのを聞く。確かにその一面もあるかも知れないが、果たして東北の人々の心情をそのレベルだけで考えてもよいものだろうか。

 このことで、京都造形美術大学教授で磐座(いわくら)学会会長の、渡辺豊和氏が重要な発言をしている。渡辺氏は私の尊敬する友人で、世界的に知られている建築家だ。縄文文化の研究者としても有名である。阪神淡路大震災の際、神戸の復興を「曼荼羅都市」とし、鎭魂の心をもって都市再建すべしとの設計案を出した人である。私も国土庁(当時)に要請したが、残念なことに実現しなかった。

 東北は秋田県の出身で、岩手県との境で生まれている。先祖は岩手県の被災地で、親族の多くが被災している。その渡辺氏が、「磐座学会会報」(21号)の巻頭で次のように述べている。

 テレビで放映される被害者たちの談話などを聞いていると、気候風土の厳しさがあのような気持ちを育むのかも知れないが、として、東北の人々は「自身の身体で自己表現しようとする内に秘めた激しい欲求に起因している」と。そして、「東北の人々は現代の機械尊重の文明を信じていない。東北出身の私にはそのことがよくわかる。ところが皮肉なことに今度の震災でもっとも難儀な問題は原発なのだ」とし、テレビで放映される被災者たちのほとんどは、農業や漁業従事者であり、この農業や漁業は直接身体を使う仕事だから、彼らは身体で自己表現しているのだと、渡辺氏は論じている。さらに、「高度科学技術文明が限界にきているのは誰の目にも明らかだし、このまま進展したら間違いなく人類は滅亡する」と結論づけている。

 

(東日本被災地の復興の思想は何か!)

 

 大震災の数日後、達増岩手県知事から電話があり「岩手県の被災地復興イメージづくりに、渡辺豊和さんの協力を得たい」と言うことであった。達増知事は今回の大震災の本質を理解し、復興の思想を「高度科学技術文明の限界と人間の復活」にと、懸命であった。この発想が復旧復興の原点でなければならない。そのために渡辺氏の話を紹介したわけだ。

 大震災から一ヶ月が過ぎて、それぞれの立場の人物が復興について、いろいろ発言しているが、被災者の心情や被災地の歴史的文化を無視したものが多い。代表的なものをいくつか挙げてみよう。

 まず、菅首相が陸前高田市などを視察した際、復興は「山を削って高台に住宅を建てることにし、エコタウンをつくる」と語ったことだ。海辺の山々を削れば何が起こるか。環境破壊どころか災害の原因となる。災害は地震や津波だけではない。何がエコか、不見識も甚だしい。

 次の暴論は、復興構想会議の議長となった五十旗頭真氏の発言で「災害のガレキを一個所に集め、希望の丘公園をつくればよい」というものだ。この程度の発想しかできない人物が大学教授で、しかも、国防の根幹ともいうべき防衛大学校長というから、日本という社会は余程人材がいないようだ。この欠陥人間を、復興構想会議の議長に座らせる菅首相の頭の中はどんな構造をしているのか、問うまでもなかろう。

 もうひとつだけ紹介しておく。とうの昔に過去の人物になったと思っていた竹中平蔵氏だ。東北被災地の復興に「TPP対応型の強い農業」などをつくるビジョンを明確にしろとの主張だ。被災地を高度経済成長策によって復興させようということだ。これだと高度科学技術文明のシンボルである、競争的資本主義を東北で実現しようという主張である。私は、被災地の歴史と文化がそれを許すことはないと断言する。

 大震災の復旧と復興の基本思想は、被災者の「幸福」を回復・確定することを通じて、被災地を再び災害のない安心して生活ができる場所にすることである。従って災害の真っ最中に「山を削ってエコタウンをつくる」とは、被災地の事情も知らず、彼が得意とする「その場の思いつき」でしかなく、内閣総理大臣が発言することでは断じてない。

 東日本大震災の復旧・復興には、高度科学技術文明の限界と反省を基本思想としなければならない。そして近代科学技術の長所を活用して、「人間と人間の共生」、「人間と自然の共生」を実現する新しい国づくりを、根本発想とすべきではなかろうか。これであれば、東北という、一地方の問題ではなく、いつ起きるかも知れない東海、東南海、南海地震などに対する備えにつながるのではないか。 

 

(復旧・復興財源をめぐる国家観の対立)

 

 4月19日(火)の読売新聞(東京14版朝刊)は、一面トップに『消費税3%上げ検討』復興財源 政府、3年限定 2012年度にも、という見出しで特ダネ記事を出した。ごく一部のマスコミを除き、多くのメディアは消費税増税を主張する菅政権の情報操作の手助けを、かねてからやっていることは誰でも知っていることだ。

 菅政権内部では、被害総額を約25兆円と見立て、消費税率3%の引き上げで約7・5兆円を確保し、3年間の復旧に必要な支出の大部分を賄うという魂胆である。しかも、それだけではない。8%となった消費税率を、その後は名目を変更して恒久化しようと画策している。

 これは大震災を利用して、税と社会保障の一体化という菅政権の謀略を強行しようとすることに他ならない。世論調査では消費税率アップに対し、支持率が60~70パーセントあるというが、これは巨大メディアの情報操作であり、このような不条理を許すことはできない。

 この謀略の思想は、総被害額をなるべく抑え込み、従来の災害原型復旧だけとする官僚の発想によるものだ。新しい東日本をつくるという考えは微塵もない。福島第一原発災害の国民への被害に配慮するつもりはまったくないようだ。要するに従来の劣化した官僚国家体制を続け、自分たちの既得権益を維持発展させようとする考えだ。

 この発想に対する政治家たちの反応が鈍いことも問題である。一部に増税反対の声があるが、財源論に説得性がない。さまざまな形での国債発行論があるが、政策として集約されていない。大量の赤字国債の発行が「市場を混乱させる」という岡田民主党幹事長の主張に、政治家としてまとまった反論ができていない状況だ。増税論も反対論も、それぞれの政治家自身に、「共生社会」を理念とする国家観がないからだ。

 この「共生」という国家観を前提に、財源をどう賄うか、これに智恵を出すべきである。昨年の民主党代表選挙の際、私が提案したのは「民間の埋蔵金」の活用である。それは金融機関(銀行・郵便局・保険会社など)の「休眠口座」を、法律によって公的に活用できるようにして、財源とすることである。「休眠口座」とは、死亡・行方不明者、相続人がいない人、規制のない時代にネコやイヌの名前で口座を作ったものなどのことで、いまは放置されている。

 英国では、最近、20年間使用されていない「休眠口座」を法律で公的に活用しており、大きな成果を上げている。日本では、この「休眠口座」にどの程度の資金があるか、専門家の推測によれば「可能性として50兆円程度」ということだ。現実問題として「30兆円程度」のものは確保できると思う。これは増税とか国債とかいった厳しい議論のあるものとは違う。金融機関がこれまで国民に迷惑を掛けてきたことを思うと、国民的合意は難しいことではない。

 これ以外に、どの程度の財源が必要となるか、それは復興計画構想によるが、私の発想だと、直接間接の復興費と、それに伴う社会や経済の再生も「共生社会」実現のために必要となる。50兆円、否、場合によっては100兆円という財源を必要とするであろう。その財源の確保については、既成の官僚的発想でなく、場合によっては、子孫への価値を残す建設国債や、英国の「コンソル公債のような永久国債発行の措置」などの検討を含め、叡智を集めるべきだ。

 大震災を悪用して火事場泥棒ならぬ津波泥棒の如く、消費税率アップを恒久化しようとする菅政権は直ちに退陣すべきである。

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