「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―364

◇予備会員(会費切会員を含む)への配信は周回遅れで配信します。 当ブログも同様に周回遅れで掲載しています。

 

日本一新の会事務局

 

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            日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇 日本をダメにした文科官僚と文科族議員!

 

 3月3日(木)、文科省は文科官僚の「違法天下り」を62件認定し43人を処分した。その中にトップ官僚の事務次官3人が、次官在任中に違法行為に関わっていたことが認定され多くの市民は驚いた。松野文科大臣は記者会見で「省をあげて、違法天下り構造に関わっていた」ことを認めて謝罪した。しかし、文科省の「違法天下り」の根本原因については気がついていない。

 そこで私が代わって「文科省官僚と文科族議員」が如何に日本を駄目にしてきたかを解説しておきたい。お断りしておくが「文科省」とは橋本行政(平成10年)で、「文部省と科学技術庁」が合併した省であり、科学技術庁は原子力行政を所管していて重大問題を引きずっているが、今回は「旧文部省」に絞って、国民がほとんど知らない情報を提供する。

 

(文部官僚と自民党文教族、日教組の談合構造が日本をダメにした)

 

 文部省は「教育基本法」に基づく行政を所管することで「さぞかし平和と民主主義の理想を生かそうとする人材が集まる」と考える日本人が多い。また、戦後の教育政策を牛耳ってきた「自民党文教族」には、素晴らしい識見をもつ政治家の集団と思われがちだ。日教組については改めての説明は無要だろう。

 

〇文部官僚の特質 敗戦の新憲法で革命的民主化が行われたが、行政官僚の本質は改革せずに占領軍はむしろ占領政策のため上手に有用した。独立後、官僚が真っ先に戦前復古を画策したのが教育と警察行政であった。文部官僚は警察官僚と異なり、単純な出世主義ではなく、文化や教育に関わりながら社会的・経済的地位を確保して永く生きていくという、一見立派に見せて実際は文教利権の寄生虫だった。

 まず、文部省が採用する東大のキャリアは、右翼的思想を持つことが条件であった。右翼でも本格派は少なく、漢字問題でも、英語教育でも日本の伝統文化を保守しようとはせず、自己の支配欲を満たすため利害に迷う米国右翼もいる。文部官僚の得意とすることは、頭の悪い政治家を煽て利用して思いを成功させることである。

 教育といえば文部官僚の敵は「日教組」であった。これを「自民党文教族」を駆使して、ある時は「喧嘩」をさせて、ある時は「談合」させて操りながら、今日の日本の教育を堕落させてきた。文部官僚で国会議員になろうという発想の人物が少ないのは、文教族という政治家を利用することが効率が良いからだ。

 

〇 自民党文教族と日教組の実体

 

 天敵と思われていた自民党文教族と日教組の関係だが自社55年体制では裏で談合を重ねていたのが実態だ。それを上手に操っていたのが文部官僚で、三位一体の深い関係を政治が十分に監督しようとせず違法天下りを放置していたわけだ。その原因は国民に見えにくい文教利権にある。

 大学をはじめ、学校法人への補助金、教科書・文化ホール・公民館などへの助成、学校給食利権・スポーツ団体・宗教法人などへの利権・芸術文化利権など数え上げれば際限がない。

 これに群がる文教族の核は、早稲田大学雄弁会→自民党代議士秘書→国会議員によってつくられる。森喜朗氏・海部俊樹氏等は、この利権で総理・総裁の座を得たともいえる。渡辺恒三氏らは原発利権とともに、文教利権で政治活動を行ってきた。私が知る限り、文教族で真っ当な政治家は西岡武夫元参議院議長のみだった。現在の日教組は居場所がないほど影が薄い。政治への影響力もない。この文教利権に国民は怒りを持つべきだ。

 

(かつて衆参両院で行われた「教育勅語排除・失効決議」

の再確認決議運動を始めよう!)

 

 3月31日(金)、安倍内閣は民進党初鹿衆議院議員が提出した「教育勅語」についての質問主意書への答弁書を閣議決定した。要旨は「憲法や教育基本法に反しないような形で教材として用いることまでは否定されることではない」とのこと。憲法に反するので、国会議決で排除・失効させたことを知らないのか。森友学園問題で教育勅語が話題となっている時である。安倍首相・下村文科相・稲田防衛相は、積極的肯定論者だ。これらの背後には文部官僚による「教育勅語の復活」という宿願がある。この答弁書は彼らの目的の入り口といえる。

 戦時国家となった現代日本を、日本国憲法の原理に戻すために「教育勅語排除・失効決議」の再確認国会決議を、日本一新の会として提案する。

 

〇 日本人と『憲法九条』 10

 

 哲学者・柄谷行人が、その著書『憲法の無意識』で論じた「憲法9条の先行形態は徳川体制にあり」に刺激され、その具体的動機を乱暴に検証したのが「慶長の法難」であった。その中で家康の側室・お万の方の法華信仰が権力者家康に「権力の根本、それは人間の生命を大事にすること」に気付かせたと推論する至った。

そこで、法華信仰を知らない私は、法華経のにわか勉強をすることになる。植木氏の革命的「法華経論」に目が覚め、日本文化―日本人の深層心理・心の中の底流に流れている「法華経の思想」の究明に強い関心を持った。ひとまず本号をもって問題提起とし、憲法9条の法源をさらに研究して、日本文化の根底にあることを証明したい。

 

(聖徳太子の『十七条憲法』に日本国憲法九条の法源あり)

 

 平成9年12月に「新進党」が分裂して、翌10年1月1日に小沢一郎党首のもと「自由党」を結成することになる。憲法施行50年から2年が過ぎ、憲法のあり方を与野党で議論しようとの気運が起こった。平成12年1月に、第147常会で衆参両院に憲法調査会が設置されるようになる。各党でさまざまな憲法論議が行われる同11年8月中旬に、私は直腸癌の手術で慈恵医大病院に入院する。直腸を約10センチ切除する手術で当然全身麻酔をする。16日の手術の日から4日間続けて不思議な夢をみた。

医師の話だと「麻酔で潜在意識が出る場合がある」とのこと。3日目の夢に聖徳太子が出てきて「十七条憲法の歴史的意義を学べ」との御託宣。入院中でもあり、聖徳太子関係の書物を10冊読むことができた。これまで聖徳太子に関心がなかったことに恥ずかしくなるほど勉強になった。

 平成12年1月、東京博物館で太子が註釈したといわれる『法華義疏』の原本が展示され、初日に見に行った。私は占領時代に漢文が禁止されていた世代で、解読する能力はなかった。何回も何回も魂をこめて、何を訴えているか、不得手な漢字を辿った。

「大乗仏教を導入して、日本の指針にすべし」という意味を確信した。当時、日本では「他者救済を中心とする大乗仏教」を導入するか、「自己の悟りを中心とする小乗仏教」とするか、大論争の時代だ。太子の論旨に日本政治の理念の原典があると感じた。

 同年2月16日に開かれた憲法調査会の自由討議で、私は自由党を代表して意見を述べた。要点は、1)占領軍によって押しつけられたから改正するとの論は採らないが、制定過程は十分調査すべきだ。2)近代憲法の諸原理の発展的見直しが必要だ。3)現代は、聖徳太子が活躍した時代背景が国際的にも、国内の諸勢力の状況も酷似している。十七条憲法制定時代の歴史に学ぶべきではないか。

 この私の意見に対して、共同通信や朝日新聞から批判の報道があった。特に朝日新聞は「時代錯誤の発想」と報道し、また社説で「平野氏は、・・・米国からの〝押しつけ憲法〟論を前面に出す意図がのぞく」と、悪意の論説を出した。私は次の憲法調査会で「社説は社論だ。人の心を勝手に覗いて国民に誤解を与え一種のムードをつくろうとするやり方」に強く抗議した。朝日新聞は私の抗議に「言論妨害だ」と、大騒ぎになった。

 さて、私の「時代錯誤の発想」は間違っていなかったことを、植木氏の、法華経関係の著書を読んで確信した。そこで改めて、『十七条憲法』を私なりに検証してみた。十七条憲法は統一国家として官僚制度を中央集権的に編成しようとするもので、大乗仏教(儒教と同質)等の思想を取り入れたものであること。国の基本方針を、第一条で「和を以て貴しとなす」と、権力者の姿勢について規定したものである。

 第一条の「和を以て貴しとなす」の真意について、これまでの日本人は、適切でない、あるいは、人によっては誤った解釈をしていたのではないか、これが私の検証の結論である。従来の解釈は「お互いに心が和らいで協力する、むやみに反抗すべきでない」などと協力しろまではよいが、「談合」まで許容している。これを植木氏の「法華経の思想」に照らし考えると、そんな単純なことではないと思い、念のために「和」の語源を調べてみた。

 

『和』の語源は「禾」は軍門に立てる標識の木の形。「口」はサイ(口の象形文字)で神への祝詞をいれる器の形だ。サイをおいた軍門の前で誓約して講話すること。即ち、戦争をやめて平和的な状態に戻す意味であり、転じて「やわらぐ・なごむ」などの意味となったものである(白川静著・字統(平凡社刊))より。

 聖徳太子の時代、漢字の語源は指導者の知識として重要視されていた。「和を以て貴しとなす」は、国の基本方針として「争い」をするなという意味で、それは「戦いをするな」即ち「戦争放棄」を宣明したものである。これが憲法九条の法源といえる。「法華経」の思想を基本としたものであり、古代から日本人の潜在意識に生きている考え方であるといえる。 

        (了)

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