「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―385

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

 

〇 時局妙観 (社会医療法人社団蛍水会 

名戸ヶ谷病院主催時局講演会の報告)

 

 8月27日(日)、名戸ヶ谷病院講堂で「平野貞夫・時局講演会」が山崎誠理事長の肝煎りで開かれた。日曜日の午前中という時間帯にもかかわらず、病院関係者だけではなく、近郊の政治に関心のある人たちや東京からも青木愛参議院議員と一緒に高齢者十数人が参加してくれた。講堂が百数十名の人々で溢れた。

 

 講演会は高野副理事長の挨拶と司会で始まった。私の講演のテーマは「日本の議会政治の問題点と改善策」であった。主要なポイントは、⑴の「激動する政治情況で北朝鮮危機を踏まえて「人類最悪の新軍事資本主義が始まっている」ことを認識すべしと論じ、安倍自公政権の不都合を指摘、野党協力による政権交代は日本だけでなく、世界の安定のためにも必要であると指摘した。

 

⑵では、「日本の議会政治のどこが問題か」について、

①政権交代の意義を考えない日本人、

②多数決原理の限界を理解しない日本人、の二点について論じた。

⑶では、「健全な議会民主政治を実現するための改善策」について、

①明治時代から続く統治原理の二重構造の改善(明治憲法と教育勅語意識、日本国憲法と対米従属意識)、

②憲法原理を骨肉とする議会デモクラシー教育の促進

を論じた。

 

 質疑応答の時間を多くして、貴重な質問や意見を聞く良い機会となった。参加者の関心が高かったのは「北朝鮮問題」だった。ミリタリーゲームの「新軍事資本主義」が根本原因にあり、安倍自公政権の憲法九条解釈改憲が地球をリンクさせ、拡大させたのである。早急に政権交代して、米韓中ロに対し、東アジアの安全保障確立には日本がイニシアティブを握るべし、との説明に参加者の賛同を得た。

「民主党代表選挙」への関心も強かった。「前原氏が代表になれば共産党との協力が見直されるのか」との質問があった。前原氏は民進党保守派用の戦術論で、誰もが共産党との協力なくして政権交代ができないと思っている。共産党も前原代表で選挙協力が壊れるとは思っていない。枝野派が前原氏の言葉尻をつかまえて選挙戦に利用しているだけだ、と説明しておいた。

 

(小沢事務所で韓国学者らと懇談)


 翌28日(月)午前10時から、小沢事務所で韓国の慶南大学・金容福教授と韓国議会発展研究会・伊光一氏と懇談した。小沢一郎氏からの要請で、日本の政治情況や東アジアの安全保障、歴史問題等について約2時間、意見交換した。韓国の新大統領・文在寅を支持している政治学者のグループのようだった。「新軍事資本主義」形成に日韓がどう対応すべきか、韓国には、しっかりした人物が大統領に就任したので、後は日本で政権交代して人類史的難題を解決できるリーダーが必要だ、で意見一致。

 韓国の学者グループとの懇談を終えてひと休みしていると小沢さんが入室してきた。久しぶりにゆっくり懇談したが前日の名戸ヶ谷病院の講演会の報告をし、レジュメを見せると「人類史上最悪の〝新軍事資本主義〟が始まった」の項に強い関心を持った。民進党の代表選で最大の問題がこれだとし、「早急に国連中心の東アジア安全保障の確立」が話題となった。

 

 平成元年~3年、小沢自民党幹事長の頃、米ソ冷戦終結から湾岸戦争終了の時代だった。高知県西南部の国有地に「ジョン万次郎記念国際貢献・国連PKOセンター」を設置する政策を構想したことがある。小沢さんはこれを記憶していて突然話題となった。私の参議院選挙の公約にして、宮沢内閣では自社公民が衆議院予算委員会で賛成し、細川連立政権に交代して取り組むことになっていたが、時代の移り変わりで実現しなかった。

 この国連中心の東アジア安全保障政策は、政治改革と一体となって細川・羽田改革政権の目玉であった。政治改革といえば羽田・小沢両氏の政治生命だが、その経緯は小沢幹事長が羽田氏に自民党の選挙制度調査会長の就任を懇請して基盤をつくった。

 その根回しや説得に、当時衆議院事務局委員部長の私が扱き使われた記憶がある。30年ほど昔の懐かしい話を二人でしている時間帯に羽田孜同志は天国に逝った。羽田氏と私は同じ昭和10年生まれで、何でも言い合える友人であった。

 


〇 国会つれづれ  13 (河野一郎死去の後始末余談)

 

 昭和40年7月に急死した河野一郎氏の後始末で難問題の「東京資材・背任横領事件」は、大阪の金融業・大堀省三氏が8億円(現在時価約30億円)を出してくれたことで、河野一郎一族は救われた。しかし、私にとってはこれで終わりではなかった。

 昭和41年6月、通常国会を乗り切って、ほっとしている佐藤政権に真夏になってから自民党議員を中心に疑惑事件が噴出する。世に「黒い霧事件」といわれ、佐藤政権が追い込まれていく。これについては次の機会に述べるが、この一環として、河野家後始末に関わる問題が発生する。東京資材事件が解決して二ヵ月ほどして、園田副議長が困り果てた顔でとんでもない話をもってきた。

 

(ポッカレモン事件への関与)


「ポッカレモン事件」とは、日本が豊かな社会になり食品や飲料水も水も、新しい商品が開発された。中でも飲料として有名になったのが「ポッカレモン」で、レモンから健康に効果のある天然の素材というイメージで売り出された。多くの国民に愛飲されたが、従来のオレンジジュースとか、サイダー類の売れ行きに影響が出た。他社の分析で、「ポッカレモン」に天然素材は活用されてなく「クエン酸」が原料となっていることが判明して、競合各社は「商品の不正表示」として公正取引委員会に提訴した。 

 

 マスメディアは大々的に報道、社会問題となり「ポッカレモン」への批判が盛り上がった。たまたまというか、大堀省三氏がポッカレモン社の大株主で莫大な損害を被った。大堀氏は困り果て最も関係の深い佐藤首相事務所に対応策を持ち込むことになる。

 当然佐藤首相に話は報告され指示が出る。その指示は「近いとこでは河野の後始末に大堀省三氏は8億円も世話した。直(園田副議長)のところで対応してもらえ・・・・」ということになる。

 園田副議長から私への話は、「佐藤首相のためにも、この問題はなんとか解決してやらないと・・。総理から公正取引委員会に持ち込める話ではない。総理から電話があったので引き受けた。提訴され罰される話を止める話だ。会館の秘書でできる話ではない。君を見込んでの話だ。何とか顔の立つ方策を公取側と相談して解決してくれ」というもので、無茶苦茶だ。

 

 大堀氏と何度も会ったうえで、私が問題を持ち込んだのは公取委の商品不正表示を監視している担当課長のA氏を訪ねた。当時「ポッカレモン事件」といえば経済界全体が注目し、「公取委」の面目に関わる話題となっていた。A課長は初対面の私に政治権力で提訴を却下させるためかと身構えていた。大堀氏から詳しい説明を受け「提訴の却下を政治圧力でやることは問題を悪化させる」と説得して、それ以外の方法を考えるとあらかじめ伝えて、ポッカレモンの成分や効用を教えてもらっていた。それによると天然のレモンより、人工の「クエン酸」が健康に効果があるとの情報を得ていた。

 公取委のA課長に、「私は提訴を却下してくれとはいわない」と、冒頭に宣言しておいて「国民の健康のためには、天然のレモンより効果があるとの説明は持参した資料の通りだ。ポッカレモンを世の中から消さない方策で問題を解決することを二人で考えようではないか」と提案した。これにはA課長も私の真意を理解してくれ、「案があれば提示してください」となった。

 それから一週間、必死に調べたところ、提訴した企業の商品に、公取委が問題とすべきことが多数あることが判明した。再びA課長に会い、「他社にも提訴すべき問題が多々ある。これを精査し、ポッカレモンと同時に処分することをプレス発表することでどうか」と提案した。これを公取委側は理解し、大堀氏も了承。難問は解決した。

 ところが当時の「黒い霧国会」の中で、関西の大手企業が公取委の対応を不満とし、大阪府選出の社会党亀田徳治参議院議員を使って、参議院予算委員会で、平野貞夫の名を出して追求するとの情報を、NHK記者がもってきた。        

(続く)

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