「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―55

日本一新の会・代表 平野 貞夫

 

(菅首相に脱原発の思想はない!)
 

 「メルマガ・日本一新」54号(菅首相で「国民の生命と財産」が守れるか)を発信したのが、5月6日(金)の午後4時だった。菅首相の「浜岡原発完全停止」の記者会見が、数時間後に行われた。そのため前回のメルマガでは「浜岡原発停止」の菅首相の記者会見へのコメントが間に合わなかった。

 そんなこともあって、私の前回のメルマガに対する反応が多く、おかげできわめて興味深く「ネット社会」の実態を勉強することができた。私の意見への賛否はほぼ同数であった。印象として申し上げたいのは、「世の中の動きを総合的に見て、自己主張を抑えて多くの人が理解できるコンセンサスをつくろう」という雰囲気を感じたことである。この流れが進化すれば、ネット活動が既成メディアの欠点を駆逐し健全な社会をつくることができることになろう。これを健全派と名付けよう。

 一方、まだまだ既成メディアのタレ流しの影響を受け、メディアの批判をしながらメディア支配を増進しているコメントも多かった。この類は世の中を動物的反応で見ていることだ。人間が過去・現代・未来という異次元の中の同時存在だという理解がなく、全てを形と量で評定しようという発想だ。自己の主張に陶酔し、それが集団化して権力に利用されるようになると「ファシズム」となるが、これをネット社会の不健全派と呼ぼう。「ネット社会」の「健全派」と「不健全派」の葛藤が21世紀という情報化社会の成否を決めることになろう。

 さて、菅首相の「浜岡原発完全停止」の記者会見を聞いて、思い出したのは、平成13年5月の小泉首相による「ハンセン病控訴断念記者会見」であった。これは戦後最大の国会・政府・司法の怠慢で、ハンセン病患者の人権が放置されていた大問題であった。行政の当然の義務として控訴を断念すべき問題を、就任早々の小泉首相のパフォーマンスで政治的に利用したことである。

 この小泉首相の態度はハンセン病患者の人間性を冒涜するものであったが、全メディア、そして与野党がこぞって小泉首相の英断として、高く評価して支持率を上げた。その結果が、小泉改革と称する米国金融資本による、日本植民地化格差社会の実現となった。この時、公然と小泉首相のやり方を批判したのは、評論家の藤本義一氏と、日経新聞のA編集委員、そして私は、国会の参議院法務委員会で情報ファシズムの危険性を絶叫した。

 菅首相の「浜岡原発完全停止記者会見」は、おそらく小泉首相の「ハンセン病控訴断念記者会見」を参考にして、政権の浮揚と権勢欲拡大のパフォーマンスであったことは間違いない。小泉首相と菅首相のパフォーマンスの違いは、小泉首相は政府関係者にさんざん抵抗させた上で、いかにも自分が政治的判断をしたとの演出を成功させたことだ。これは冷静に行政判断として熊本地裁の判決に従うべきであった。

 これに対して菅首相の場合には、ごく一部の側近と極秘に協議して、連休後の「菅下ろし」を防御する狙いで、突如、唐突に記者会見したものだ。一見成功したかに見えたが、時間が経つにつれて菅首相の政治手法や日本経済への影響、さらに昨年の政権発足の時に公約した原発政策との整合性について、国民は疑問を持つようになった。

 菅政権発足以来、国民生活に重大な影響を与え、国家の存立の基本に関わる問題について、思いつきの判断で国民を不安に陥れることが何回かあった。代表的なものは、昨年の参議院選挙前の消費税引き上げ、沖縄尖閣沖衝突事件での中国人船長釈放問題などである。唐突さと思想性のなさと行き当たりばったりのやりかたは、国民の記憶に新しいことだ。

 浜岡原発の全面停止は、政策としては当然の判断である。本来なら東日本大震災以前に原子力政策の基本問題として、政府が真剣に検討すべきことである。国際的にも影響を与えることでもあり、国内的には国民生活に甚大な影響を及ぼすだけでなく、日本経済の根幹に関わる問題である。政府内部だけでなく、国会での各党の意見、関係各界の議論を行ったうえでの判断でなければならない。勿論、異論・激論があろう。それを総合的に調整したうえで、全面停止の判断を行うべきであった。決して政権継続とか保身という政略で対処すべきではない。

 菅首相の英断?の影響が、あまりにも大きかったため、数日後「原発の停止は浜岡だけです」と、他の危険が心配されている原発へ波及しないことを明らかにした。ここら辺が菅首相の「脱原発論」が本物でないことを証明するものだ。平成19年の参議院選挙で「原発政策の変更」を、当時の小沢代表の意向を受けて菅代表代行に進言したとき、聞く耳を持たなかったことを思い出した。

 菅政権が発足して国民に約束したのは、消費税率の引き上げではなかった。「2030年の電源を原発で50%確保する」として、原発の増設方針を決めた。さらに経済成長のために途上国に、恐ろしい「ウラニウム原発」を売り込むことであった。某国とは契約が成立すると同時に利権も発生しているという噂もある。これが菅政権の実態だ。

 あまりにも整合性がないエネルギー政策に、次なる思いつきは「政権発足時のエネルギー政策を白紙に戻す」という政策変更となった。

 間違った政策を変更することは、悪いことではなく必要なことだ。しかし、大震災発生に関係なく、菅首相の「原発政策」は採用してはいけない政策であった。大震災の発生で政策変更を正当化しようとする根性に問題がある。それを白紙にするというのなら当然に「政治責任」が発生するが、これを自覚できない政治家は政治を行う資質に欠ける。

 日本の政治で深刻なことは、政策変更した総理大臣に責任や反省の意志がなく、それを追求する国会議員もほとんど稀で、さらにそれを取り上げるメディアもほとんどないことだ。日本の政治は最悪の状況で機能しなくなった。

(ある皇室関係者のささやき)

 
5月10日(火)、日野原重明先生が主催する「ホイットフィールド・万次郎友好記念会館協力会」の理事・評議員会に出席した。久しぶりに、皇室に関係する著名人と会った。
 私の顔を見るなり、「大震災という国難に政治が適切に機能していません。そんな時に首相を変えようという意見が大勢とならず、変えるべきでないとの意見が与野党の中で多いという事態を理解できません。メディアがそれを後押ししています。日本は不思議な国になりましたね・・・・」と話しかけられた。

 私は大震災以来、「当分は菅政権のままでも、日本人の全ての力を結集して対応する政治体制を作るべく、各方面に働きかけましたが、すべて失敗に終わりました。多くの良識ある人々から、『こうなったら天皇陛下からお声をかけてもらったら』という提案もあり悩みましたが、さすがに私もそれはできませんでした。

 しかし、すぐれないご体調で7週も続けて、両陛下が心を込めて被災者や被災地を見舞われているお姿をテレビで拝見して感動しています。また、被災者に対するお言葉やご丁重なお振る舞いの中に、日本の政治に対する陛下の思いを私は感じました。日本国と国民統合の象徴としての役割がこれでしょうか。それに比べ、政治の本質を忘れた政治家が多く、菅首相をはじめ与野党の政治指導者が日本全体のことを考えず、自己を捨てて復旧復興に取り組もうとしません」というと、その著名人は、

「陛下の回りには、しっかりした人物が何人かいます。同じような思いをしている人たちもいます」と、私にそっとささやいてくれた。

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