「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―61

日本一新の会・代表 平野 貞夫

 

 東日本大震災に対する菅首相の失政は数限りなくあるが、特筆すべきことが二つある。ひとつは震災翌日の3月12日(土)、福島第一原発の第1号機で、ベントが大幅に遅れた理由である。東京電力側は3ヶ月経っても明確にしていない。しかし、専門家筋は「菅首相の早朝パフォーマンス視察」にあるといっている。これが明確になれば菅首相は政治責任どころか、法的責任が追及されることになる。時間の問題だろう。

 もう一つは、菅首相が〝趣味〟でつくった『復興構想会議』の性格と権限だ。発足の時から五十旗頭真議長が「復興財源を消費税などで賄う」と発言し、「復興構想会議にそんな権限があるのか」と、与野党だけではなく、各界から批判された。ところが、菅首相の退陣時期を巡って与党内でさえ争っている6月18日(土)に、復興構想会議の第1次提言案が明らかになったが、とんでもない内容である。提言案の内容と「税」とは何かの根本について考えてみたい。

 

(復興構想会議は復旧・復興の妨害会議)

 第1次提言案の要点は、①復興財源を基幹税を中心に増税。②特区的手法を活用した支援。③自然エネルギーの導入促進。④原子力災害復興のための協議の場の設置など、である。②~④は、鳴り物入りで設けた復興構想会議でなくても、行政を知っている人、否、普通の常識を持っている人なら誰でも書ける構想だ。財政難の時に余分な経費を使ってまで設ける会議ではない。被災3県の知事や関係者が、復旧で猫の手も借りたいこの時期に、東京に何度も呼び出し、復旧・復興の妨害をしたのがその実態といえる。このことは一部の知事から直接聞いた。

 問題は①の復興財源を基幹税の増税で賄うというところだ。菅首相は、初めからこのために復興構想会議を設置したのだといえる。言い換えれば、菅政権は財務省がつくったともいえる。「税制と社会保障の一体的改革」といえば恰好はよいが、その中味は「消費税」を段階的に上げて、社会保障費にあてようとするものだ。裏からみれば、東日本大震災の復興を口実に消費税を10%に上げ、復興が一段落したら社会保障目的税として恒久制度にしようという狙いであった。

 復興構想会議の発足当日、五十旗頭議長の「増税論」発言はこれからの健全な税制改革論を封じてしまった。財務省の仕掛けといわれているが、存外馬鹿ばかりではない。私に、複数の財務省OBから「これで消費税率の値上げは当分の間、不可能になった」と、電話があった。

 大震災という非常事態で、復興の基本を考える機関が、税制改革の根本にかかわることについて提言するということがそもそも狂っている。一部の良識ある委員の強い増税反対論で、具体的な税目を明記しようとしたことをストップさせたとのことだ。大災害の復興財源に大増税すれば、それでなくともこの不況下で、全国に第二次災害を拡大するものだ。第1次提言案は「大震災 財政なりて 国滅ぶ」となる。

 

(人の意識や国の仕組みを変えた大災害)

 わが国は古代以来、大震災や大津波に100年から200年ぐらいの間隔で襲われている。この大災害が日本人の意識を変え、古来、国の仕組みや形を改革してきた。文明史から考えると、日本人は大震災や大津波など大災害の悲劇を、復旧・復興で発展に変えて、今日の国家に至っている。日本人の心の中には、犠牲者が多ければ多いほど、その霊を鎭魂するかのように、次なる発展に意識を変え、社会の仕組みを改革しようとする霊性がある。歴史上の大災害のすべてを述べることは無理だが、現代に近い例を紹介しておこう。安政年間(1854~60)には、13回の地震があり、1854年7月の関西、12月の東海・南海、185年11月の江戸直下の3つの大震災や津波は、歴史に残る被害となった。

 坂本龍馬が政治や開国に関心を持つようになったのは、安政元年の南海大震災で、1回目の江戸遊学から帰国して悶々と過ごしていた矢先の地震であった。被災者の苦しみを知り、幕府のあり方を疑い、博学の河田小龍を訪ねてジョン万次郎の海外事情の話を聞き、自分の生き方を見つけることになる。一連の大震災は、龍馬だけではなく当時の若者や民衆に大きな影響を与えている。龍馬らは震災後十四年の時を経て明治維新を成功させた。

 平成23年3月の東日本大震災は、巨大地震と津波だけではなく、20世紀の化物・福島第1原発人災という、人類史上初めての悲劇となった。これらは従来の資本主義国家の政治や行政・財政論では解決できないし、復興構想会議といった、財務省がつくった操り人形に対応できるはずもない。21世紀を生き抜くことができる新しい発想でなければ、日本は悲劇を重ねるだけだ。大正12年(1923)9月の関東大震災は、日本改造という後藤新平の構想が生かされず、軍事国家となり敗戦の悲劇を招いたが、この歴史を反省すべきだ。

 

(「税金」についての意識革命が大事だ)

 日本国憲法には税金について2つの規定がある。第30条の「納税の義務」と、第84条の「租税法律主義」である。税金が法律によって国民の義務として存在することは、近代国家の常識である。しかし、憲法にわざわざ義務として規定したことに、21世紀の社会では問題を感じる。明治憲法第21条にも納税の義務を定めていた。新憲法では内閣草案にはなく、衆議院の修正で加えられたが、それは第84条があればよい、とする考えが根底にあったからである。

 税金を考える場合、「納税の義務」としての税金を納めることは当然で、一定の収入や行為などに課税されたり、それに基づいて住民税が課税されることに疑いはない。20世紀の福祉社会となって、財源確保のため、所得税を所得に応じて累進で課税することも納得できる。資本主義が右肩上がりに発展する時代にはこの方法で成功した。経済の成長が止まり、経済がグローバル化する中で、大企業などは税金の少ない国に本社を移したりして、国内での所得税を少なくしていく。広く薄く消費活動に課税して、それを社会保障費に当てるという考え方は、こういった資本主義の構造変化の中で考え出されたものだ。ところが、わが国のように一率で固定された消費税では、低所得者層の負担率が高くなるという欠点がある。特に最近の過激な競争資本主義により格差社会となったわが国では、消費税のあり方が問題となる。西欧諸国の多くは、この点に工夫がなされ、食料品など基礎的生活品を非課税とするとか、高級品や嗜好品などは高税率とするなどの制度がなされている。

 そこで、税金の本質とは何か。日本人と西洋人の考え方の違いを考えてみなくてはならない。英語で税金のことを「TAX」という。語源は「負担を負わせる」ということで、悪い印象のことばである。西洋では人民は領主からのTAXでさんざん苦しめられ、それへの抵抗として議会ができたのが政治の歴史だった。従って西欧の人々は、税の集め方と使い方について、きわめて厳しく政府を監視している。正当性があれば義務として支払うが、正当性がなければ革命まで起こすのが歴史だ。

 これに対して日本人の税意識には問題がある。封建時代には年貢として搾り取られていた。権力者を「お上」として従属していたが、近代国家、特に戦後民主主義社会になって、この反動で税金への考えがねじれて歪みとなり、脱税などの納税回避は世界一だ。さらに経済至上主義の自己中心の生き方により、戦後に健全な税制改革が行われたことはない。健全な市民・民主社会を創るためには、健全な税意識の育成が絶対に必要である。

 西欧では、社会保障に要する消費税を「税金」とは考えていない。現在と将来の「安心」のための参加料という意識だ。日本国憲法は「納税の義務」だけでなく、第25条で「生存権の保証」を規定している。納税で苦しむ人々が格差社会で増える中、生存権を保証する財源に、「納税の義務」を一方的に適用することには問題がある。「生存権の保証」が現代国家では上位でなければならない。

 消費税を社会保障目的税とする時代は終わった。税という限り非合理な問題を拡大するだけだ。「自立と共生」という国家理念を確立し、共に幸せになることを目的とした新しい「参加料」等の仕組みを、早急に創らなければならない。 

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