「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―62

日本一新の会・代表 平野 貞夫

 

○東洋思想から「政治の本質」を知ろう

 日本の政治史に残るべき「国民の選択による政権交代」という、大きな期待を裏切って漂流している民主党。何故こうなったのか。私は「メルマガ・日本一新」とは別に、「国づくり人づくり財団」の「政治講座」を担当している。そこでは『政(まつりごと)の心』というテーマで、日本政治の現状をわかりやすく分析して68回目となった。『政の心』とは、私の人生の師・前尾繁三氏が昭和48年に刊行した名著からのもので、政治の本質とは何かを究明していこうという意味である。

 6月2日(木)の菅内閣不信任決議案をめぐる茶番とペテン騒動に続いて、不信任決議案否決で退陣表明を余儀なくされ、退陣時期を巡って民主党政権内部が混乱し、与野党入り混じり政治が機能不全となった。誰の責任で政治がこうも劣化したのか。多くの国会議員が「政治の本質」を知らないことが原因と思う。まずは、前尾師の『政の心』理論により、「政治の本質」とは何かを考えてみよう。

 

(「政」の語源と政治の本質)

 「政」という漢字の語源から、偏の「正」は、正義とか理想とかいう意味であり、旁の「攵」は、力とか現実の意味である。従って「政」(まつりごと)とは正義と力を合一したものである。「攵」(力・攻)のない現実を無視した政治は混乱だけであり、正義や理想のない政治は、もはや政治とはいえない。

 この「語源学」を方法論とした政治の本質論に対して、当時の東大名誉教授で政治学の第一人者・丸山真男氏が高く評価し、共同研究を希望する書簡を送ってきたことを記憶している。前尾師の理論は「孔子」(BC551~479)の政治論を継承したもので、「政は正なり」(論語・顔回篇)の影響を受けている。論語(為政篇)では「政を為すに徳を以てなせば、譬(たとえ)へば北辰其の所に居て、衆星之に共ふが如きなり」とし、天体の中心に位置する不動の北極星を尊ぶ「徳治政治」を、孔子は実現しようとしたのである。

 前尾師は、この孔子の「徳治政治」を整理してもっとも大事なことは「仁」であるとし、その「仁」を実行する方法が「忠恕」(ちゅうじょ)だとしている。「仁」とは「礼」と「知」と「義」を総合するもので、人を親愛することである。「仁」の字義は「人」と「二」の合字で、2人の人格に間に成立するものであり、前尾師は「人の人たる所以である」と論じている。

 「忠恕」の「忠」とは、自分自身の真心に背かないこと、自分を偽らないことで「誠実」と同じ意味である。「恕」とはその真心をもって他人に思いやること、「寛容」と同じ意味で、「己の欲せざる所は人に施すこと勿かれ」(論語・衡量公篇)ということになる。こういった発想がなければ「仁」は実現しない。孔子は政治の本質は、正義と理想の実現であり、そのため現実の困難に力で対応する方法を認めているのである。

 孔子が生きた春秋時代は、氏族共同社会が崩壊しようとする時代で、自然の肉親愛から社会の秩序を再構築しようとする背景があったのではないか。「政の心」の原点として知っておくべきだと思う。春秋時代に続く戦国時代になると、孔子が説く「仁と忠恕」による政治の実現は困難である。利益社会化した戦国時代では、大規模な集団戦争が繰り広げられるようになる。そこに現れたのが「孟子」(BC372~289)であった。

 孟子は利益社会化した戦国時代に対応するため、孔子の教えを発展させ、富国強兵を競い力によって支配しようとする覇道と功利主義による政治を批判した。その理論は「仁義」による政治である。「仁は人の心なり、義は人の路(みち)なり」(告子章句上)と述べ、仁の実践に当たっては現実の差別に応じて、それに適応する態度を決める義の徳を加えたのである。この「仁義」の裏付けとなる考え方が、「性善説」といわれるもので、「惻隠の心は、人皆之有り」で知られている。

 前尾師は「孟子」の思想に、「放伐」=革命を容認していたことに注目し、孔子から孟子への革命思想の発展を、次のように指摘している。「孔子は理知以外の存在である天命による信念の動揺を否定したが、墨子は天を正義の神とし、大きな政治変動は天が主権者の行為の善悪に対する賞罰の結果とした。孟子は、政治革命は天の命によって起こるが、それは人心の歸趨によって起こるものである。仁義を行うのは外部にある利を得んが為ではなく、天が人の心に生み付けた生の善なるに従うためである」と。

 このように東洋思想における「政治の本質論」は、異説、反論を繰り返していくが、戦国時代末期に出現した人物が「荀子」(じゅんし)(BC298?~238?)である。荀子が活躍した時代は、利益社会の乱れで貧富の差が激化し、浮浪民の反乱など社会不安が続出して天下統一の機運が高くなった時代であった。百家争鳴の議論を総合化、体系化したのが荀子であった。「礼儀」(秩序)の確立だ。

 荀子の「性悪篇」を前尾師は次のように要約している。「人の性(さが)は悪にして、其の善なるは偽なり。今、人の性は生まれながらにして利を好むこと有り。是れに順ふ、故に争奪生じて群譲亡ぶ。生まれながらにして疾(うらみ)悪むこと是れに順ふ、故に残財(仁と義に反すること)生じて忠信亡ぶ。生まれながらにして耳目の欲の声色を好むこと有り。是れに順ふ。故に淫乱生じて礼儀文理亡ぶ。然らば則ち人の性に従ひ人の情に順えば、必ず争奪に出で、犯文乱理に合いて暴に帰す。故に必將(かならず)師法の化と礼儀の道有り、然る後に辞譲出で、文理に合いて治に帰す。此を用いて之を観る、然らば則ち人の性の悪なること明らかなり。其の善なる者は偽なり」と。

 東洋に於ける「政治」の理念は、孔子の「仁」から始まり、孟子の「仁義」を経て、荀子の「礼儀」に展開していったのである。孟子の「性善説」に対して、荀子の「性悪説」を対立関係と見るべきではない。荀子は「性は悪、善なる者は偽」と主張したのが、「人間の持つ生得的意欲を悪なるものとして否定してこそ、善なる意義活動が可能になる」という意味であったのだ。国家社会を改善していくために人間の善なる活動が必要であることは、孟子と根底において共通していた。それは「人間の本質は何か」という問題であった。

 

(政治を志すなら人間の本質を学ぶべし)

 政治が混乱すると「政治が悪い」、不況が続くと「経済が悪い」、社会が不安定になると「社会が悪い」と多くの人々はいうが、すべての社会現象は人間が関わり、人間が行っているのだから「人間が悪い」のである。従って、「人間の本質」を知れば、あらゆる問題を解明できるといえるが、そう簡単でもない。前尾師は衆議院議長時代から「人間とは何か」の研究に没頭した。私に「人間という動物はまことに複雑怪奇で、一筋縄ではいかない。理解したと思った途端に、その理解をするりと抜け出してしまう。まったく人間の理解には骨が折れる」と語り、昭和56年に他界した。遺言は「政治家である前に人間であれ」と、当時の政界への警鐘であった。

 ところで、今日の政界混迷の原因である菅内閣不信任決議案をめぐる「確認書」を交わした菅―鳩山前現首相と、その関係者は政治の本質を理解している政治家とは思えない。政治家になってはいけない人間だ。形だけの民主政治ほど恐ろしいものはない。政治の本質を知ろうとしない多くの民主党国会議員は、民主党混迷の原因を「鳩山―菅―小沢」のトロイカにあると公言している。私は世代交代に反対ではないが、「政治と人間の本質」を知ろうとしない政治家たちには困ったものだ。安物のコンピュータ人間たちに政治を任せては国が滅びる。

 現在の日本政治がここまで劣化した直接の原因は、麻生自民党政権から菅民主党政権が継承した「小沢排除」の謀略であった。検察と巨大メディアが共謀して捏造した「政治とカネ」事件である。

 人心を集約した天命が起こす政治革命の足音が、私にはハッキリと聞こえ、それは日ごとに確実に大きくなっているから、もうそろそろ皆さんの耳にも届くことだろう。6月20日(月)、久しぶりに小沢一郎氏と会った。事務所の机には「人事を尽くして天命に遊ぶ」との書が置かれていた。

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

nipponissin1

Author:nipponissin1
   代    表 : 平野 貞夫
   顧    問 : 戸田 邦司
   事 務 局 : 大島 楯臣

カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
動画
 
最新記事
リンク
一新のトランク
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
Translation Tools
QRコード
QR
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!
Powered By FC2ブログ