「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―64

日本一新の会・代表 平野 貞夫

 

○ 国益と政治の劣化原因は、「検察・メディア」が捏造した「小沢排除問題」にあり!

 

 6月30日(木)、東京地方裁判所は陸山会事件で、検察側が証拠申請していた供述調書38通のうち、12通を却下した。残る調書も肝心な部分は証拠採用されなかった。これらの中には「小沢氏の共謀」を立証する核心部分があり、裁判所が検察を「信用できない」と判断する異常事態が発生した。

 巨大メディアは、目立った報道を意図的にしなかったが、専門家は雑誌などで、「小沢関連事件」が、検察の捏造であったことを指摘し、検察のあり方をはじめ小沢氏を強制捜査した「検察審査制度」の大幅見直しの議論さえ始まった。しかし、小沢氏の「政治とカネ」を犯罪としてデッチ上げた日本の旧体制の実態と本質が、ほとんど議論されていない。

 東日本大震災直後、平成22年(2010)に刊行した『小沢一郎完全無罪』の文庫本化の話があった。「小沢関係裁判」の展開は私の確信的予測のとおりとなった。問題は21世紀の日本で、「基本的人権や民主政治を否定する行為」がなぜ発生するかにある。そういった観点から『文庫本まえがき』を準備した。

 文庫本は7月21日に、講談社から発売されることに決まった。「メルマガ・日本一新」で、二回にわたって「文庫本まえがき」を掲載することにした。

 

 

     文庫本まえがき―小沢問題による国家機能のメルトダウン


 「裏切られ、騙されたとはいえ、菅政権をつくった責任は私にある。困ったことになった・・・」

 2011年2月7日、政治家小沢一郎は事務所で懇談中の私に、しんみりとこう語った。原口一博衆議院議員が菅首相の様子や与野党の動きの説明を済ませた直後であった。この日は、陸山会事件における石川知裕衆議院議員らの第1回公判が、東京地方裁判所で始まった日でもあった。

 原口氏の話は、「菅首相の様子がおかしい。党内事情など適切な判断ができなくなっている。これなら破れかぶれ解散の可能性もある」など、官邸の雰囲気が異常である旨の内容であった。

 すべてが自分の責任といわんばかりの小沢に、私が、「昨年6月の菅政権づくりは失敗だが、その責任は9月の代表選の出馬で明確に果たしていますよ。もはや菅政権は民主党政権ではありません。政権交代の原点にどう戻すか、これを考えましょう」というと、小沢はここ数年の苦難の日々を思い起こすかのように黙り込んでしまった。

 

 2009年3月3日の西松事件で小沢事務所の大久保隆規秘書逮捕から始まった「小沢の政治と金問題」は、3年以上の年月を経た。この西松事件は2010年1月13日の第2回公判(東京地裁)で、なんと検察側証人の西松建設元総務部長が、「西松側の政治団体はダミーではない」と、検察側立件を否定し、事実上裁判を終了させることになった。

 この事件で検察敗北の恨みを晴らすかのように、東京地検特捜部によって、当日の午後四時頃から、石川知裕衆議院議員事務所や陸山会事務所などの強制捜査が行われた。陸山会事件の始まりである。そして同月15日、民主党大会の前夜、石川議員は逮捕されることになる。政権交代後初の通常国会の招集日の3日前だった。検察は大手マスメディアを利用して、小沢一郎という政治家をどうしても政界から排除したかったのだ。

 大久保秘書の逮捕や石川議員の問題について、大手マスコミの報道や検察側の主張は事実に反していた。自民党政権による政治捜査であり、「検察ファッショ」であることを確信していた私は、同年4月、講談社から『小沢一郎完全無罪 「特高検察」が犯した7つの大罪』を刊行し、検察とマスコミのあり方に警鐘を鳴らした。そして1年以上が過ぎた。

 検察は西松事件から始まり陸山会事件にかけて、専門家の推定で約30億円という税金を浪費し、社会心理的暴力装置と成りさがった大手マスコミを総動員して、小沢一郎の政治的追放を企んだが、小沢本人を起訴することはできなかった。

 しかし、驚くべきことに、民主党の菅直人政権になって、検察審査会という憲法違反の疑いのある機関を使って、小沢排除の謀略は続けられた。検察審査会を利用した「人民リンチ」で、小沢を強制的に起訴するに至ったのだ。大手マスコミが「小沢問題」を異常なほどに取り上げても、陸山会事件で検察が狙った「水谷建設からの裏金」は虚偽であったことを、国民の多くは理解するようになった。「小沢問題」が政治謀略であることが知られるようになったのである。(彼らがなぜ小沢一郎を恐れるかは、本書の中で詳しく述べている)

 そして2011年5月24日、陸山会事件の公判で2人の重要な証言が行われた。しかし、ほとんど目立った報道はなく、多くの国民は知らされていない。それは水谷建設から小沢事務所に裏ガネは渡されていないことを証言したものだ。

 午前中の証人は、裏ガネを渡すため、赤坂のホテルまで川村尚前社長を送ったとされる元運転手で、「記憶も記録もない」とし、サインを強要された供述書の訂正を求めたが、応じてくれなかった、と証言した。午後は事件のキーマン、水谷建設の元会長、水谷功が、検察が主張する裏ガネのシナリオについて、「裏ガネの管理は厳格で、裏ガネ心得があり、これまで教示してきたことと今回は違い、考えにくい」、また「自分は現場に立ち合っていないし、不明朗な点が多々ある。実際に裏ガネが渡ったかはわからない」と証言した。

 これで検察側が多数の証人を公判に繰り出し、小沢一郎という政治家を政界から排除しようと、東日本大震災復旧の最中まで展開したあの手この手の謀略が消滅し、検察の欺瞞性が明確になった。思えば2009年9月の西松事件での大久保秘書逮捕以降、検察が仕組みメディアが協力した「小沢の政治と金問題」は、事実上、幕を閉じた。

 小沢はかねてから、政権交代と電波オークションや記者クラブ廃止を含むメディ改革を政治目的としていた。それを阻止するため、当時の自民党政権、検察、そしてメディアは、小沢に政治権力を持たせないことを至上目的とした。そのための「検察ファッショ」であり、「メディアファッショ」であった。本来なら民主党はこれらと闘うべきであった。が、なぜかそれを行わなかった。そこに民主党の限界と悲劇がある。

 それでも国民は政権交代を選択した。その功績は小沢の政治戦略と戦術の勝利であったことを国民は知っていた。

 ところが、次に起こったことは民主党内の小沢排除であった。政権交代による小沢の本格改革を恐れた「反小沢グループ」、それは日本中に生息する「既得権吸血人間」たちのことであった。西松事件の公判で失敗したその日、東京地検は陸山会事件をでっち上げるため石川議員と大久保・池田秘書の3人を逮捕し、小沢を攻め立てた。

 鳩山政権から変わった菅政権は、こともあろうに指導を受け同志であった小沢を攻撃し排除することを政権浮揚の方策とした。東京地検が1年数ヶ月総力を挙げて捜査しても起訴できなかった案件を、菅政権の工作もあり、検察審査会が憲法を踏みにじり意図的に強制起訴した。

 2009年3月から日本社会を挙げて「小沢排除」を行った結果が、今日の日本の劣化を招いた。その原因は、小沢の「政治と金」をめぐる虚実の捏造、すなはち「嘘」の展開にある。「小沢排除」を政権維持の基本戦略とした菅首相のやったことは、政権交代の原点を放棄した政治運営と基本政策の変更で、自民党政治より悪い政治を行った。

 すると、日本政治の悪政に警鐘を鳴らすがごとく、突然に発生したのが東日本大震災であった。「あらゆる協力をする。何でもいってくれ」と、挙国挙党体制を主張する小沢の要請を、菅首相は拒んだ。未曾有の大震災と原発事故は国難となり、それに対応できない菅政権の機能不全は第二の国難を生ぜしめた。原発事故の情報隠蔽工作は、放射能の被曝という悲劇を生み、福島県浪江町では「耳なしうさぎ」まで生まれた。数十万人もの直接的な犠牲者が出ていたが、菅首相は保身延命のため日本列島を放射能で汚染した。彼は「政治犯罪人」である。しかしメディアはそれをいわない。

(続く)

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