「国民の生活が第一、自立と共生、政治の根本について議論する広場」

「日本一新運動」の原点―74

日本一新の会・代表 平野 貞夫

 

(野田政権を支える人たち)

 9月18日(日)の午後6時から、BS11で放映された元参議院議員・筆坂秀世氏との対談『野田政権誕生秘話とこれからの日本』に多くの方々から意見をいただいた。

 正直に言って、野田政権が政権交代の原点である「国民の生活が第一」の理念に戻ることを期待するが、これからどうなるか、私自身にも読み切れない。野田政権は理念・政策面で菅政権を継承しながら、人事面で挙党体制をつくるというダブルスタンダードで政権を運営していくだろう。結論を急がず、状況を見て判断するしかない。

 ただ不気味なのは、野田政権に対して熱狂的支持もないかわりに、感情的な排除もない。菅政権の非情さに反発した人たちが、低姿勢の野田首相に安堵と不安を感じながらも静かに見つめている。このことを熟知している巨大メディアが、さまざまな仕掛けを始めたことだ。朝日新聞が連載した「細川元首相インタビュー」や、読売新聞の北岡伸一東大教授の論文「地球を読む 野田政権」がその代表的なものである。細川元首相の話は知名度の低い野田首相を政治的に人物保障したものだ。担保が「日本新党」という古証文といえよう。

 北岡東大教授の論文はあきれたものだ。私流に言えば、小泉政権を継承したのが菅政治で、それを野田政治で発展させるようにと、読める。財政規律のための増税、TTPの実現、「国民の生活が第一」のマニフェストは誤りだ、ということで、野田首相に小沢グループを人事で釣って、政策では新自由主義でどんどんやれ、ということになる。

 どうも北岡教授は政治学者にしては歴史観に欠落があるようだ。小沢問題は、「麻生・菅政権と検察と巨大メディア」が策謀した、21世紀型の「新しいファシズム」という理解ができないようだ。「野田政権で小沢処分見直しは禁物」と読売論文で言明しているのを読むと、東大教授陣のレベルの劣化に驚くばかりだ。

 問題は本来「社会の木鐸」たる巨大メディアが、何故こうも劣化して政府権力の旗をふるのか。その原因を追及しておく必要がある。これまで何回も述べてきたが、巨大メディアの経営問題がその根っ子にある。長期のデフレと、ネットなど媒体の多様化で民間企業からの広告収入が激減している。その代替を税金による官公庁広報費に求めるようになったのである。裁判員制度の広報費の使い方は政治問題となった。納税者背番号制度の政府広報費をめぐって巨大メディア間でどんなことが起こっているか、およそ想像ができるだろう。乱暴な言い方だが、巨大メディアの増税推進論の根拠はここにある。

 

(大震災復興財源問題)

 報道によれば9月16日(金)、政府は大震災の復興財源を16兆2千億円とし、5兆円を税外収入から、臨時増税を11兆2千億円とし、何を増税するか3案を検討しているとのこと。消費税の増税については野田首相の政治判断で行われないと手の込んだ振り付けまでしている。所得税と住民税の増税案と、たばこ税の増税案を追加した2案が検討されているようだ。これらは政府の基本方針であり、これから民主党内で激論が交わされることになる。問題は財務省の誘導で、巨大メディアが増税必至の流れをつくり上げていることだ。要するに、残された議論は公務員給与削減など税外収入をどう上積みするかだけになっている。

 重要なことは、3・11大震災の復旧・復興の財源を増税で対応しようとする政府の姿勢である。野田首相は就任以来、抽象的な例え話で政府方針を誤魔化しているが、唯一明言しているのは、「復興財源は後世の負担にせず、増税で対応する」ということだ。この考えには2つの問題がある。

 1つは、民主党には「国民の生活が第一」という政治目標があったはずだ。国民に網をはるような安易な増税を断行してよいはずはない。

 もう1つは、1000年に一度といわれる東日本大震災を、日本政治としてどう認識し、日本国の存立にどう位置づけるか、ということである。

 「国民の生活が第一」という政治目標は、テレビのコマーシャルとは違う。過激な排他的競争に変質した現代資本主義、これは小泉政治による「格差社会」を、「共に生き共に幸せになろう」という「共生社会」に改革しようというものであった。東日本大震災や原発事故の被災者の苦しみを、私たちも共有しながらあらゆる協力をしなければならない。

 また、1000年に一度といわれる未曽有の大震災に、菅政権は何をしたか。私の推測によれば、災害直後に財務省が従来のやり方で捻出できる財源を被災額と想定して、始めから増税ありきの災害対策を枠付したと思われる。そういえば大震災以前から財政再建のため消費税の増税を計画していた。こともあろうに、復興構想会議の五十旗頭議長に至っては、初回の会合後の記者会見で消費税の増税をぶち上げ、大震災を増税に利用しようとしたのが実態だった。

 東日本大震災と原発災害は、日本の総力を挙げて復旧と復興に取り組むだけでなく、これまでの排他的競争資本主義を共生資本主義に改革する絶好のチャンスでもあった。否、チャンスにしなければならない。財務省や巨大メディアが反省すれば、今からでも間に合うのだ。ここは何としても、財政再建に呪縛された財務省の責任逃れのために、この日本を潰すわけにはいかない。大震災の復興は、21世紀の日本再生のスタートにすべきである。増税というレベルで解決できる問題ではない。それに要する財源は、智恵を出せば総体で100兆円ぐらいのものは増税でなくても捻出できるし、すでにいくつかの案も出されている。

 

(財政・税制の20世紀的発想を改めよ)

 私は昭和48年5月から同51年12月まで、前尾繁三衆議院議長の秘書を務めていた。前尾氏は敗戦直後の大蔵省主税局長で、池田勇人首相の親友として戦後の豊かな日本をつくった人物だ。昭和56年7月に逝去されるまで、「税の神様」と呼ばれていた、私は機会ある度に「税金」の話を聞かされた。

 税金のことで私に怒ったことは、鈴木内閣のとき「増税なき財政再建」を政治公約にしたときであった。「政府は国民が納得するまで〝増税するとかしないとか〟を公言すべきではない」という言葉であった。

 理由は、日本人の税に対する意識に問題があるからだとして、税に対する国民教育と、国会の決算審査の強化をしきりに主張していた。また、一般消費税の導入に熱心で、大平内閣で総選挙公約にしたのは前尾先生の進言だった。同時に、財政を消費税に依存する危険性も指摘していた。

 前尾先生の思考は、経済の活性化(当時は経済成長といった)を優先すべきだとの意見で、緊縮財政論の福田赳夫先生とよく議論していた。国家の財政を単純化して大蔵省(現財務省)だけの帳簿で考えず、国全体の経済動向を活性化させることで、時間軸をダイナミックにとれば、国の財政は健全になるという、柔軟な発想であった。

 現代の財務官僚、日銀官僚たちの影響を受けたエコノミストたちの問題は、20世紀の国家財政論、あるいは日銀のインフレ症候群にとらわれ、かつての右肩上がりの経済成長しか頭になく、21世紀に存立する国家を支えている資本主義の変質を認識していないことに問題がある。私は21世紀の共生資本主義に存立する国家運営のため、税制改正も増税も否定するものではない。しかし、現在のわが国の課税思想が「国家権力の収奪」であることを払拭しない限り、財務官僚の手に乗る増税に同調することはできない。

 政・官・学界の財政・税制の専門家に言いたいことは、20世紀の資本主義は変質した、いや崩壊した。21世紀の財政・税制の新しい理論を構築しなくては、という発想にたって欲しい。そうすれば、あの東日本大震災、福島第一原発災害の復興・日本の再生に、増税を主力とすることにはなり得ないと思う。

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